凍てついた時
例えるならやはり、『闇』なのだろう。天と地の境すら曖昧で、そんなものなど存在しないのかもしれない。煌く星屑は夜色の宝石箱に散りばめられた宝石のよう。
どこまでも続く闇に果ては見えず、明かりという明かりすらない。まるで母の腕に抱かれているような、そんな感じだろうか。生物の姿はない。『彼女』一人を除いては。
ぼんやりと光り輝いているのは一人の女性。透き通るような淡い金の髪を頭の上で纏め、残りを背中に流している。
抜けるように白い肌は雪花石膏。むき出しになった腕や足は、闇の中に浮かび上がるように見える。影を作るほどの長い睫毛に深紅の瞳。形の良い唇は、紅も引いていないのに艷やかだ。
とても美しい女性(ひと)。非の付け所がない美貌は、この世のものではないようで、女神だと言われれば信じてしまいそうである。
彼女が滑るように歩く度、ドレスの裾がふわりと広がった。闇に咲いた麗しい花。そう例えればいいだろうか。
『後、少し……』
虚空を見つめながら、女性――アウローラは呟く。失われた力は順調に回復している。『ここ』は言わば母なる海。混沌。アウローラと彼はここで生まれた。
アスタロトの力で作り出された影の都市で解き放たれた禁断魔術。アウローラやアイオーンの本来の力を持ってすれば、それを止めることも容易い。
だが、自分も彼もまだ目覚めたばかりで、十分に力を発揮できなかった。王の力となるために存在するというのに、アウローラは彼女と寄り添うことが出来ずにいる。今度こそ守ると誓ったのに。
『ねえ、アイオーン』
『ああ、そうだな。アウローラ。我と対となる秩序を司るものよ』
アウローラに応えたのは青年の声だった。アウローラと星しかなかった闇の中に灯る銀色の光。それは直ぐに青年の姿を取る。アウローラの前に現れたのは、彼女と同年代の青年だった。
毛先に近づくにつれて明るくなる夜色の髪と、瞬く星よりも光を放つ銀の瞳。纏う装束も夜色で、闇に溶けてしまいそう。彼女が女神の如き美貌なら、彼は雄々しい戦神か。
『凍てついた時が動き出すまで後僅か』
『私たちはまた見ていることしか出来ないのかしら? 何度繰り返せばいい?』
抑揚のないアイオーンの声。言われずとも感じている。運命は待ってはくれない。凍てついた時が動き出すまで後僅か。
何度目にして来たのだろう。結末はいつも同じで、アイオーンとアウローラはいつだって見ていることしか出来なかった。
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