ともだち
創世の女神アルトナ。彼女こそ全ての母であり、アスタロトたち天使を生み出した存在。彼女の声が聞けるだけで良かった。なのに、彼女はいつからか天使たちの前に姿を現さなくなったのだ。
不満は日に日に募り、やがて反乱へと発展した。天使長であったルシファーが女神に反旗を翻したのである。
彼の元には天使の三分の一が集い、アモンやパイモンもまたルシファーに従った。ゴモリーやベリトも。
あの頃はただルシファーの元にいられるだけでよかった。女神の声が聞こえなくなった代わりに、アスタロトは主の声を聞くことが出来るようになったのだ。
魔王ルシファー。アスタロトの主にして、魔界の頂点に君臨する王。彼のためなら、何物も惜しくはない。命だって躊躇いなく捧げよう。
「今のボクはただ一人の人間に心を乱されてる。……もうこの世にはいない存在なのにね」
果たしてアスタロトと契約者の関係は何だったのだろう。友人、と言えばいいのか。確かに彼と話す時は自然でいられた気がする。
そうだとしても、今更考えてどうなるのだ。
彼は既に死んでいる。その魂は深い眠りについているだろう。魂が眠りから覚めるのは、もう暫くしてから。
例え生まれ変わったとしても、アスタロトの知る“彼”はもうどこにもいない。魂は同じでも、彼ではないのだから。
「こういうの、友達って言うんだっけ、人間は? ……やっぱり良く分からない。キミとは確かに気があったけど、キミは人間だから。これで良かったんだ。それに……ボクに友達なんて必要ない。ボクは魔界の大公爵なんだから」
所詮、彼は人間だ。悪魔と人間では何もかもが違う。奪う者、奪われる者。強き者、弱き者。口から出た笑い声は、思う以上にかわいたものだった。
手の中にある花を握り潰そうと力を入れる。しかし、
「……出来ない。どうしてだろうね。キミやあの女性(ひと)なら、この疑問に答えられる? 無理だよね。だって、キミはもういないし、彼女はボクの声に応えてはくれないんだから」
少し力を入れるだけでいい。それだけで花は簡単にぐしゃぐしゃになるだろう。それなのに出来なかったのだ。
出来なかった理由を彼なら、あるいは彼女なら知っているのだろうか。
いや、彼は死に、彼女はもうアスタロトの声に応えてくれることはない。アスタロトは立ち上がると、持っていた花をそっと花瓶に差した。駆け巡る様々な想いを断ち切るように。
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