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胸に巣食う不安
ルシファーの怒りが鎮まったのは随分後になってから。アスタロトは謹慎を言いつけられ、居城を出ることは許されなかった。窓から見えるのは、変わり映えしない魔界の景色。血を零したような橙の光が室内を照らしている。
契約者の元に駆けつけた際にアモンから受けた傷は既に癒えていた。だが魂は違う。アスタロトの魂は未だ休息を必要としていた。

アスタロトは寝台に寝転がりながら、淡い紫色の花を弄ぶ。自分の髪と同じ、夜が明ける直前の空を思わせる花。アスタロトの力で花の時を止めているため、色褪せることも無ければ枯れることもない。
朱を帯びた橙の光を浴びた花はまるで、血を被ったかのよう。それはアスタロトに今は亡き契約者を思い出させる。

ルシファーやアモンの目を盗み、アスタロトは力の一部を裂いて現世に出た。彼の墓に向かうために。
人というものは本当に分からない。死を悼む、彼らは。
アスタロト自身、どうして彼の墓を訪ねたのか分からなかった。もしルシファーやアモンに見つかれば、今度こそ消させるかもしれないのに。それに、あの墓の下に彼は眠ってなどいない。

彼の魂は既に輪廻の輪へと戻っている。現世での傷を癒した後、再びあの世界に生まれてくるのだろう。それがいつになるのか答えられる者はいなかった。創世の女神、ただ一人を除いては。

「ホントに馬鹿だね、ボクは……。ボクは四十の軍団を率いる魔界の公爵。ルシファー様の忠実なる僕」

くるくると花を回しながら呟く。自分に言い聞かせるように。『アスタロト』は偉大なる悪魔だ。ルシファーの忠実な僕であり、彼に仇なす者は何人たりとも許さない。
人間など弱く、脆いだけの存在でしかない。
だと言うのに、胸に巣食うこの不安は何なのだろう。

或いは『彼女』なら、アスタロトの疑問に答えてくれたのか。創世の女神アルトナ。
人や動物、精霊、アスタロトたちを生み出した全ての母。成熟した美しい女性の姿をしているのに、子供のように無邪気な所がありながらも、全てを包みこむ抱擁力に満ちた女神。

『アスタロト、どうしたの?』

彼女の声が今も忘れられない。笑う彼女は少女のようで、だが時折見せる寂しげな表情にアスタロトは思ったのだ。彼女の力になりたい、と。
かつて天使であった頃、彼女の言葉を聞くことが至上の喜びだった。なのに、いつからか、彼女は天使たちの前に姿を現さなくなったのだ。



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あきゅろす。
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