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あなたに会いたい
「もしかして……」

「私も一人、と言えばいいでしょうか。思い当たる人がいます。でも……」

あの花を見て、真っ先に思いついたのが『彼』だった。淡い紫の花がその人物の髪に思えてならない。
それだけは絶対にないと言い切れたはずなのに、出来ない。
シェイトの頭の中に浮かんだ人物も恐らく同じ。彼もまたその名を口にすることを躊躇っているようだった。

「……アスタロト。何故だろう。そう思ったよ」

「私もです。何故でしょうね。花の色が似ていたからでしょうか?」

夜明け前の空を思わせる紫の髪。影を作るほど長い睫毛に縁取られた瞳はアメジストのよう。美しく艶やかな大悪魔アスタロト。綺麗な薔薇に棘があるように、毒を孕んだ美しさを持つ彼。
魔王ルシファーの腹心であるアスタロトは人になど一切の慈悲もない、はずだった。
少なくてもアリアたちは契約者とのやり取りを見るまでそう思っていたのだ。

あの契約者が特別なのだろうか。アスタロトは自ら契約者の魂を手放した。そんなことあり得ないというのに。つまらなさそうに笑い、どこへなりとも行きなよと言ったのだ。
人など彼にとって玩具に過ぎないはず。だと言うのに、アスタロトのアメジストの瞳にはほんの僅かとはいえ、優しさがあった。

今は悪魔へと身を堕としたとは言え、アスタロトも元は天使である。一欠片だとしても、天使であった頃の彼が残っていたのかもしれない。

「花言葉は確か……もう一度あなたに会いたい、あなたを……忘れない」

夜明け色の花の花言葉。それはもう一度あなたに会いたい、あなたを忘れない、であったはずだ。アリアは口にしながらも信じられない思いだった。
あのアスタロトが契約者の墓前に花を供えただけではなく、その花の花言葉がまさか……。

もしやあの花を供えたのはアスタロトではなく、別の人物なのだろうか。だとすれば一体誰だ。彼が共同墓地に埋葬されたことを知っているのはアリアたちを除いて異端審問官の二人だけである。
あの二人は当然除外されるだろうし、通りすがりは考えられない。アリアの後に訪れたリデルでもないだろう。

「本当に彼なのでしょうか」

「分からない。でもアスタロトしか考えられない気がする。もし本当にそうなら、すごく人間らしいと思う。少なくても悪魔に死を悼む、って概念はないと思うから」

あの花を贈ったのは誰なのか。それを知る者は一人もいない。
アスタロトは確かに冷酷で、人を虫けら程度にしか思わない悪魔なのだろう。シェイトの言葉に耳を傾けながら、アリアは思う。悪魔にも『心』はあるのだ。そう考えると、ほんの少しだけ、納得出来るような気がした。



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あきゅろす。
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