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分の悪い賭け
高位の悪魔、堕天使は魔物とは比べ物にならないほどの力を有している。人である限り、力では絶対に敵わない。当代最強の魔導師と謳われるクリスであっても。
ルシアが浮かべる妖艶な笑みから彼の考えを読むことは出来なかった。冗談のようにも見えるが、本気のようにも見える。

「まあ、クリスの息子だもの。別に驚かないわ。もう一度言うけれど、手を出しちゃ駄目よ。ルシア」

「えー、リデルのけち。でもちょっとくらい、遊ばせてよ」

くすくすと笑うルシアから噴き上がる痛いほどの殺気。全身が凍りつくようだ。ふわり、と広がった黒の翼が空を打つ。二枚一対のそれは女神に仇なした背徳の証。
高位と悪魔だというのに、その翼は二枚。いつか見た時は六枚三対であったはず。流石に人間相手に本気を出すつもりはないのだろう。シェイトは自らを奮い立たせ、精霊因子から大鎌を作り上げる。刃は夜が明ける直前の空を思わせる不思議な色。

ルシアは召喚によって呼び出された存在。その肉体は仮初のもので、滅ぼされたとしても彼自身が滅びる訳ではない。
本来の力を発揮できない代わりに、精霊因子で作られた仮初の肉体ならば力の一部が削がれるだけで済む。

「あの時を思い出すな。楽しませてくれよ、少年?」

「く……分の悪い賭け、か」

ルシアと初めて相対したのはこの春のこと。まだ記憶に新しい。あの時も強大な存在に対し、シェイトは何も出来なかった。そして今回もまた。生きて彼から逃れられるかどうかも分からない。
あるいは何か犠牲にすれば可能かもしれないが、分の悪い賭け。

「止めなさい。聞こえなかったの? 坊やの相手をしている暇なんてないわ」

「でもあのクリス・ローゼンクロイツの息子だ。殺さなくても何かの役に立つかもよ?」

リデルの声は先ほどとは比べ物にならないほど冷たかった。だがルシアは怯まない。クリス・ローゼンクロイツの息子なら、何かの役に立つかもしれない。彼はそう言いたいのだろう。
クリスが自分たちを庇い、呪いを受けたことは彼らも知っている。堕天使の言葉にリデルの眉が動く。

「私はそんなやり方、好きじゃないの。いいから行くわよ、『ルシア』」

「……ったく、はいはい。我が主人の言う通りに。じゃあね、少年。今回も見逃してあげる」

ルシアはぶつくさ文句を言うと、リデルのそばに寄り、翼を広げる。瞬間、ルシアは笑い声だけを残し、リデルと共に消えた。
一人残されたシェイトは緊張の糸が切れたのか、ゆるゆるとその場に座り込む。大鎌を消し、手のひらを見るとじっとりと汗をかいていた。

「……本当に、心臓に悪いな」



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あきゅろす。
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