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優しい瞳
 リデル・メイザースは共同墓地の中を歩いていた。契約者の墓に花を供えて帰る所である。墓地はあまり好きではない。いや、好きな人間などそういないだろう。
 墓地にいるとどうしても思い出してしまうのだ。愛する人達を、もうこの世にはいない人たちを。
 歩きながら首から下げたロケットを開く。描かれた絵の中の家族は幸せそのもので、いつもリデルを温かな気持ちにさせると同時に罪悪感を抱かせる。

 全て自分で決め、覚悟した上で進んだ道。今更、後には退けないし、戻ることなんて出来ない。そう思う度に愛する人の、アンリの笑顔が脳裏から離れなかった。
 リデル・メイザースが愛する生涯でただ一人の人。誰もが彼や娘の代わりにはならず、そしてリデルも彼らの代わりを望まない。

 ファイやルビアたちがどんなに可愛くても、二人はリデルの子ではないし、同胞たちもアンリ以上の存在には決してならない。
 唯一無二の存在に代わりなどないのだ。どんなに平穏な毎日を送っても、心にぽっかりと穴が空いたようだった。

 薄いフィルター越しに世界を見ているようで、酷く虚しい日々。罪人たちはのうのうと生きているのに、何故、あの人もあの子もリデルをおいて逝ってしまったのだろう。
 いっそ、一緒に死ねたらどんなによかったか。それでも死のうとする度、アンリの幻影がリデルを止める。生きて欲しいと懇願するのだ。彼は死んだ。そんなことあり得ないのに。

 アンリは復讐など望まないだろう。悲しい目でこう言うのだ。ごめん、リデルを止められなくて、と。
 思考の海に浸っていたリデルの耳に、聞き慣れた声が届く。

「なにしてんの、リデル」

「……何も。それに呼んでもいないのに来ないでちょうだい、ルシア」

 リデルはロケットを閉じて服の中に入れた。背後から聞こえた声は間違いなく『彼』の声。振り向いた先にはやはり、彼がいた。
 同性でさえ振り返らずにはいられない青年だ。歳はリデルと同じか少し上だろう。空とも海とも違う青い髪は透き通るようで、長い睫毛に縁取られた瞳も髪と同じ色をしている。
 リデル同様、今から葬列に参加するような黒の上下を身に纏っていた。何の変哲もない服だというのに、この青年が着るだけで随分印象が違う。

 非の打ち所のない顔立ちは天の使いを思わせるのに、どこか背徳的に感じる。ただ美しいだけではないのだ。美しく、それでいて人を惑わせる何かを持っている。それなのに彼がリデルに向ける瞳の中には確かに慈愛があった。
 リデルは気づいていないのだろう。まるで親が子を見守る瞳にも似て、とても天より堕とされた存在が見せる感情ではない。



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