[通常モード] [URL送信]
自己満足
 王都アージェンスタインの郊外に位置する共同墓地。ここに眠るのは、様々な事情を抱えた者たち。名すら分からぬまま死した者や、家族もなく、たった一人で命を落とした者など、理由だけを取っても片手では到底足りない。

 アリアはそんな共同墓地を一人で訪れていた。休日で、朝も早いことから、墓地にアリア以外の人間は見当たらない。私服ではなく制服で、隙間なく着こなすその姿は随分と大人びて見える。
 花束を持った彼女は、真新しい墓の前で立ち止まった。黒の墓石には、祈りの聖句どころか生没年すら刻まれていない。アリアの前に誰か来ていたのだろうか。墓前に一輪の花が供えられている。朝露で濡れてもいないため、昨日供えられたものではない。

 夜が明ける直前の空と同じ色をした、淡い紫の花。それを見たアリアの脳裏に一つの答えがよぎる。だがそれはあり得ないと即座に否定した。
 では誰なのだろう。この墓の主を知るのは彼らを除いて、アリアとシェイト、レヴィウス、クリスだけ。
墓石にはただ一言、こう書かれている。アレクシス、ここに眠る、と。

 ただその彼は言葉とは裏腹に、ここに眠っていない。彼は跡形もなく消えてしまった。つまり、墓は空っぽなのだ。アレクシス、それが契約者の名。復讐を願い、アスタロトと契約した彼の。

「……おはようございます、アレクシスさん」

 アリアはしゃがみこみ、花束をそっと墓前に置いた。勿論、答えは返って来ない。契約者の墓を作ったのはクリスである。
 この共同墓地で眠る者たちの殆どはアルトナ教徒ではない。罪を犯した者たちが眠る墓地の一つ。それでも尚、本来なら彼がここで眠ることは許されない。その魂は天に帰ったとは言え、彼が罪を犯したのは紛れもない事実。

 復讐に生き、そして命を落とした男。彼の人生は幸せだったのだろうか。いや、聞くまでもないはず。それが例え僅かな時間であったとしても、彼は幸せだった。彼は、アレクシスはきっと、何度でも同じ選択をするだろう。何度でも。

 墓は死者のためでもあるが、生者を慰めるためでもある。自分たちの行動はきっと、単なる自己満足なのだろう。
 だがそれのどこが悪い。自己満足で結構だ、とクリスも言っていたではないか。




[次へ#]

1/78ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!