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愛しい日常
“シェイト”という存在はクリスにとって光だった。長い時を生きるにつれ、忘れていたものを思い出させてくれた大切な子。
普段は口に出さずとも、シェイトはクリスの全てだった。

依存していたのはシェイトではなく、実はクリスの方なのかもしれない。
八年前のあの日、シェイトと出会ったあの時から、止まっていたクリスの時間は動き出したのだ。

リフィリアで相対した契約者は、シェイトとアリアを庇った自分を見て愚かだと言った。
だがクリスはそうは思わない。シェイトだけでなく、アリアも大事な自分の生徒で、大切な親友の忘れ形見だ。

例え時を巻き戻せたとしても、クリスは何度でも同じ選択をする。
あの子たちのためなら、この身がどうなろうとも構わない。

大切な、守るべきものもない人生など悲しいではないか。
守るものがあるから弱くなるのではない。守るものがあるからこそ、人は強くなれるのだ。
それが“愛”。昔のクリスが知らなかったもの。
あの日、あの時、道端で座り込んでいた少年が教えてくれたものだ。

後悔などするはずがないだろう。シェイトがいたからこそ、クリスはクリスでいられた。
当代最強の魔導師ではなく、学園の学園長でもない、ただ一人の父、クリス・ローゼンクロイツとして。

ある意味ではクリスもオズワルドも同じなのだ。
オズワルドの元に行くのがシェイトのためと知りつつも、結局、彼を放すことが出来なかった。シェイトが望んだからと言い訳をして。

「……何百年生きても僕はまだまだ未熟ということかな」

クリスは困ったように笑うと、クローゼットから取り出した真新しいローブを羽織る。
吸い付くような黒地に、金糸の刺繍に銀があしらわれた留め具。ボタンには翡翠が使われていた。

ただのローブではない。クリス手製の魔具でもあり、守護の魔術が掛けられている。
加えてシェイアードより湧き出る聖水に三日三晩浸して作ったものだ。アスタロトほどの悪魔には効果は薄いだろうが、気休め程度にはなる。

次に机に置いてあった片眼鏡をつけ、最後にいつものスピネルのピアスをつけた。
ここに戻って来るのもこれが最後かもしれない。
決して弱気になっている訳ではなく、相手が相手だからだ。

最悪の場合、ラグナだけでも逃がせるように手は打ってある。
勿論、その必要がないことを祈るのだが。

「……行ってくるよ」

自分以外、誰もいない部屋。ドアノブに手を掛け、クリスは振り返る。そして万感の思いを込めて呟き、学園長室を出た。もう一度、騒がしくも愛しい日常に帰れることを願って。



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あきゅろす。
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