背伸びした学生
アスタロトほどの悪魔を退ける結界などほぼない。しかし何もしないよりましだし、何より安心だ。
瞳を閉じたラグナの背に現れた金緑の光翼。意識を集中し、自らの中の魔力と聖気を高めて行く。
簡易結界と言っても彼の魔力と聖気で練り上げるそれは、簡易結界の枠を越えている。
単純な力量で言えば大天使級結界に匹敵するだろう。
ラグナとクリスがいる部屋の床一面に浮かび上がる金色の魔法陣。複雑で優美な紋様は天使の翼とラグナのような光の翼が合わさったようなもの。
ラグナの翼が一際強く輝くと、床に浮かんだ魔法陣も強烈な光を放つ。
ぱん、と小さな音がしたかと思うと、部屋の中で光が弾け、場は清浄な気に満たされた。
明らかに空気が違うのだ。聖人であるラグナの力によって作り出された空間は不浄なる存在を許さない。
彼の背中にあった光の翼が弾けて消えた。
この結界は悪魔にしか反応しないため、人間に力が及ぶことはない。万が一結界が破られればそれは、直ぐさま術者であるラグナに伝わる。人、悪魔の手に関わらず。
「よい夢を、クリス様」
ラグナは眠ったままのクリスに一礼すると、学園長室を出た。部屋を出る彼の頭は既に、この後の予定を組み立て始めている。
まずはフィンに会って、アレイスターにクリスの伝言を伝えた後、色彩都市リフィリアに向かう。
臨時講師となったフィンがいるのは同じ魔法医療師である、ミリアム・ウェルネスと同じ医務室。
まだ来たばかりの彼に授業は入っていないはず。
「フィン先生、いらっしゃいますか。ラグナです」
「あ、はい。どうぞ」
ノックをし、声を掛けると予想通り、フィンの声が返って来た。失礼します、と医務室に入れば先ほど会った時とは違い、白衣姿の彼が出迎えてくれる。
しかも眼鏡つきで。
「あれ? 似合わないかな? 講師らしくないって言われたから、まずは格好から入ろうと思って……」
あれー、と頭を掻きながら笑う彼はどう見ても学生だ。例え白衣を着て、眼鏡をかけてもその印象は拭えない。
むしろ無理をして背伸びをしているように見える。
しかし流石に本人にそんなことは言えない。言えば間違いなく、聞いていないはずのルチルから嫌味攻撃だ。
「えー、あー……。とてもよくお似合いですよ」
その後に、背伸びした学生みたいで、と続くのは内緒である。
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