見えない糸 「心配しすぎだよ、二人とも。僕は病人じゃないんだから。寝てても体調がよくなる訳でもないし、出来ることをしないと体がなまってくるからね」 心配する二人をよそにクリスの視線は未だ書類に向いている。部屋の中は綺麗に片付けられていると言うのに、机の上だけは書類が散らばったままであったり、ペンと判が転がっていたりと凄い有様だ。 クリスらしいと言えばそれまでだが、やはりフィンたちの目から見れば、無理をしているように見える。 「仰ることは分かりますが、安静にして下さい。顔色だって悪いではありませんか。クリス様の体は貴方ひとりのものではないのです。ですから……」 フィンが言いかけた直後、クリスの体が僅かに傾き、右手の判を取り落とす。 『クリス様!』 「……大袈裟だよ、二人とも。少し目眩がしただけだから」 駆け寄りかけた二人を押し止め、クリスは正面からフィンとラグナを見据えた。その表情は今までのような年相応の青年でもなく、ましてや学園長のものでもない。 宝石のような煌めきを放つオッドアイは鋭い光を帯びている。 「君たちに来てもらったのは他でもない、頼みたいことがあったからだ。まず、フィン・ジェオード。君にはしばらくの間、臨時講師として学園に居てもらう。そしてラグナ・バーンスタイン。君には本格的に契約者の居所を探ってもらう。咎の烙印は呪いだが、そのお陰で僕と契約者は繋がっていると言っていい。細く見えない糸でね」 二人を呼び出したのはこのためである。フィンが学園にいてもらうのはこれからのことを考えてのことだ。ミリアムは優秀な魔法医療師だが、クリスが呪いに侵されていることを知らない。 何かあった時、彼女に頼ることは出来ないからだ。 そしてラグナには契約者の居所を探ってもらうために呼び出した。呪いを掛けた相手である契約者とクリスは見えない魔力の糸で繋がっている。 ラグナならその繋がりを辿り彼の元に辿り着けるはず。 「僕の方は構いません。ですが……」 「そうですよ。その方法ではあなたに負担をかけすぎる。命を削るかもしれないんですよ!?」 クリスが言う方法はラグナも真っ先に考えた。例えアスタロトが現世にいなくとも、呪いによって繋がった魔力の糸を追えば契約者のもとに辿り着くことは出来る。 だがそれは呪いに侵されたクリスの体を更に追い込むのと同じこと。 だからラグナは言わなかった。言えばクリスは必ず実行するはず。いくら契約者を見つけ出せても、その前にクリスの命が尽きてしまえば元も子もないというのに。 [*前へ][次へ#] [戻る] |