曙の申し子
目の前の子犬はエセルドレーダだとアレイスターはいう。言われてみれば、彼女の声に聞こえないこともないが、アリアとフィアナの中にあるエセルドレーダは少女であって犬ではない。
狼の精霊だとは聞いているが、やはり少女のイメージが強すぎる。
しかし彼女は二人の戸惑いをよそに気持ち良さそうに目を細めていた。
『そもそも我ら精霊はお主ら人間よりずっと精神体に近い。その気になれば我のように姿かたちを変えることも造作もないということじゃ』
「そうなんですか……」
なんというか不似合いである。何がかと言うと、愛らしい子犬の口からいかめしい言葉が出て来るのは。
全ての属性の精霊因子で構成される人とは違い、天使や悪魔をはじめとした精霊は単一の精霊因子で構成されるため、人と比べて精神体に近いのだ。
だからこそ精霊は、召喚の際に力の一部を切り離したり、魔の影響を受けやすく魔精となることがある。
複数の精霊因子である動物も同様だ。
「でもエセルさんはどうして学園に? 戻らなくていいんですか?」
召喚された精霊は余程のことがない限り、用が済めば元の場所へと帰される。それは召喚対象を魔導師が縛らないためであり、召喚魔術を操る者たちの暗黙のルールのようなものだ。
『何、面白そうなことが始まりそうじゃからのう。それに我がレイのそばにいるのに理由などいらぬ』
エセルドレーダは顔を上げて笑う。かと思えばううむ、居心地がいいのう、とアリアの腕に顔を埋めている。
「エセルさんって、シュタイナー先生のこと好きなの?」
「……クルスラー」
アレイスターの明らかに触れるな、という圧力を無視してフィアナが尋ねる。案の定、凄い勢いで睨まれたのだが、本人は全く気にしていない。
エセルドレーダの方は機嫌がいいのか、にやりと笑って答えてくれた。
『この命を捧げてもよいと思うくらいにな』
「……エセル」
咎めるようなアレイスターの視線もエセルドレーダにはどこ吹く風だ。アレイスターはおー、お熱いことで、と冷やかそうとしたフィアナを視線で黙らせた。
そしてアリアの腕の中にいた彼女をひょい、と掴んで小脇に抱える。
そのまま歩き出そうとした彼を止め、エセルドレーダはアリアを呼んだ。
『……アリア』
「はい、何でしょう?」
エセルドレーダの緑の瞳がアリアのガーネットの瞳を捉える。心の奥まで見通すような瞳に、アリアは無意識にたじろいだ。
だが視線は外さない。何故か目を逸らしてはならない気がしたから。
『何があろうと希望を見失うでない。光はいつもお主の側にある。そう、半身たる永久の翼。それを忘れるな、曙の申し子よ』
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