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邪魔はさせない
咎の烙印の進行を止める。ラグナの力を持ってすれば十分に可能だ。だが彼自身、これが初の試み。緊張するなという方が無茶というもの。
相手は何せ、当代最強の魔導師、クリス・ローゼンクロイツなのだから。

ラグナは目を閉じ、精神を集中させた。感覚が鋭敏になり、自分が自分でなくなるような感覚に陥る。
ラグナの背から光の翼が広がった。翼というよりは羽根と言った方がしっくり来るかもしれない。

ラグナの片方の瞳と同じ、金緑の煌めきを秘めたそれは言葉では言い表せないほどに美しかった。

『彼の者に宿りし邪まなる力、我が力にて凍結せん。女神と聖霊の御名において』

浄化の際、必ずしも声に出さなければならないということはない。
だが彼ら聖人の言葉には力が宿る。言霊と呼ばれるそれは聖人の力をより強くするのだ。

ラグナの背の翼が一際強く輝く。部屋を照らすほどの強烈な光。
それがクリスの体に吸い込まれるようにして消えて行く。

「いかがですか?」

ぱっ、とラグナの背から幻のように羽根が消えた。奇跡の名残すら感じられない。
瞳を開けたクリスは、驚いたように自らの体を見る。

「驚いた。体が軽いよ」

鉛のように重かった体が軽い。羽のようにまでとは行かないが、それでも雲泥の差である。
氷のように冷たかった肌も僅かだが熱を持っていた。
ラグナが言ったような呪いの進行を止める以上に効果があったらしい。

「それはよかった。すみません、少し休ませてください」

言い終わらぬ間にラグナはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。顔色はクリス以上に悪く、真っ青である。
これではどちらの具合が悪いか分からないではないか。

「あまり無理をしてはいけないよ。僕が言えたことでもないけど、君はまだ若いんだから。僕はもう十分過ぎるくらい生きた」

「……それでも彼を置いて逝く訳にはいかないでしょう?」

十分過ぎるくらい生きたと語るクリスにラグナは言った。どうにか笑みを浮かべ、彼を見上げる形で。
生きた年数は関係ない。クリスにはまだ死ねぬ理由がある。それで十分ではないか。

「君の言う通りだよ。生き汚なくたって、僕は生きなきゃならない。僕を必要としてくれる人がいる限り。悪魔であっても邪魔はさせない」

このままでは終われない。邪魔はさせない、そう言い切った彼の態度は正に、当代最強と謳われるクリス・ローゼンクロイツに相応しい。

クリスの色違いの瞳(オッドアイ)は宝石よりもずっと美しい輝きを秘めていた。諦めていた“生”というものを、本当の意味で取り戻したのだから。



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