苛立ちとふがいなさ
「そうだね……。後は脱力感と体が冷たいことかな」
脱力感はほぼ始めから感じていた。力が入らず、体が氷のように冷たい。今、こうしている間も自分の体ではないような違和感に襲われる。
脱力感も体の冷えも全て、咎の烙印によって引き起こされたものだ。
じわじわと、まるでいたぶるように人の体を侵して行く。
相変わらず、世間話でもするような口調のクリスに、ラグナは無言で目を伏せた。
こんなことならフィンに同席して貰えばよかった。ラグナは悪魔や呪いに関しては専門の知識を持つが、体の状態までは分からない。
体が弱く、無理が出来ない彼を流石に早朝に呼び出すわけには、とラグナだけがクリスを訪ねたのだ。
しかし妻であるルチルのお叱りを覚悟しても、呼ぶべきだったと思っても後の祭である。
「……分かりました。それでは始めましょう」
目には見えないが、この学園長室はありとあらゆる魔術が掛けられている。防護や隠蔽を始めとして、数えるのも煩わしいほどだ。
そういう意味ではここはどこよりも安全で、今からしようとしていることも秘密裏に行える。
そしてわざわざこの時間帯を選んだのにも、ちゃんと理由があった。夜明けや夕暮れ時は満月や新月ほどでは無いにせよ、魔力に乱れが生じる。
それは悪魔や天使といった存在でも同じだ。
本来なら些細な、微々たるものだが、それが重要なのだ。
クリスと呪いの結び付きがほんの少しでも弱まれば、付け入る隙はある。元より聖人の力は悪魔に対して絶対とされていた。
キャパシティの問題はあるにせよ、聖人の力が絶対なら呪いに抗うことも出来るはず。
ラグナ、いやハロルドはそう考えたのだ。
「では頼むよ、ラグナ君」
穏やかな表情で言いながらも、クリスは苛立っていた。今はこの身が何よりも煩わしい。
体が万全であったなら、例え契約者を相手にしたとしても遅れは取らないし、悪魔にも負けない自信がある。
アリアに心配を掛け、重荷を背負わせることもなかっただろうし、レヴィウスにあんな真似をさせずに済んだ。シェイトが自分の元から去ることもなかったはずだ。
「目を閉じて、楽にしていて下さい」
ラグナの声に軽く頷くと赤と蒼の瞳を閉じ、体の力を抜いた。目を閉じても分かる。クリスは確かにあたたかで優しい聖気を感じた。
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