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暁の密会
王都アージェンスタイン。ラクレイン王国でもっとも美しい都である。丁寧に嵌め込まれた石畳に、均等な間隔で設置されたファクター・デバイス。表通りには装飾品店やカフェテリアなど洒落た店が立ち並んでいる。

その内の一つ。カフェテラスに一人の女性の姿があった。女性と言うよりは少女かもしれない、微妙な年頃だ。
恐らくは二十歳前後だろうか。艶めく黒髪は長く、腰に届くほど。

だが髪の色とは正反対に肌は抜けるように白く、滑らかである。
伏せられた瞳は月の輝きを秘める黄金。形のよい唇は紅を引いている訳ではないのに赤く艶やかだ。正に美の女神の化身、そう言っても間違いではない。

彼女はただ一人、椅子に座り、香茶を口に含んだ。街を歩けば誰もが振り返るほどの美貌を持つ彼女だが、彼女の存在に気付く者はいない。
まるで、空気のようである。

そんな彼女の隣の席に、一人の青年が腰掛けた。年齢は彼女と同じくらいだろうか。
ふわふわとした明るい栗色の髪に紫の瞳。ひなたぼっこをする猫のような青年だ。

彼女ほどの美貌ではないが、整った顔立ちであり、どこか愛嬌がある。
女性は彼に背中を向けたまま、青年に問いかけた。

「逆十字の行方は掴めた、レイト?」

視線は未だ前方に向けられたまま。レイト、と呼ばれた青年はテーブルに置かれた新聞を手に取りながら答える。

「いえ。それがぱったりと掴めなくなりました。目だった動きもありません。アスタロトもあれ以来、姿を現していないようです」

「そう……」

淡々と報告するレイトに女性はただ一言相槌を打っただけ。
言うなれば心ここにあらずと言った感じだろうか。

「リデルさん?」

「ああ……ごめんなさい。ご苦労様。疲れているところ悪いんだけど、引き続き調査を続けてくれる?」

訝しげに自らの名を呼ぶ声に女性――黄金の暁を纏めるリデルはやっと我に返った。ねぎらいの言葉を掛けて居住まいを正す。
ディヴァイン・クロウの一件以来、逆十字に目立った動きはない。不気味なほどに沈黙している。大悪魔アスタロトがこの世界に現れた痕跡もないのだ。

「分かりました。それではまた、何か分かりましたらご報告致します。それと、また会えそうにないので、ファイやルビアによろしく言って置いてください」

「分かったわ」

結局、一度も目を合わすことなくレイトは立ち上がる。するとその時には彼は、青年の姿ではなかった。
帽子にスーツ、焦げ茶色の髪に朴訥な容姿の男に変わっていた。唯一同じなのはその紫の瞳だけ。男は脇に置いていた鞄を手に取り、カフェテラスを出た。不審なところも一切ない、あまりに自然な行動に怪しむ者は誰一人としていなかった。



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あきゅろす。
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