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訪問者
水を打ったような静寂が場を支配していた。日の光が差し込む礼拝堂でひざまずき、一心に祈りを捧げているのは一人の若い男。
銀糸と金糸の刺繍がふんだんに施された悪魔祓いを示す聖衣を纏い、首から美しい飾りの銀の十字架を下げている。

長い金掛かった茶の髪は日の光を浴びて金色に煌めき、まるで彼自体が風景のように美しい。
その背に光輝く翼がないのが不思議なくらいである。組んでいる手はそのままに男が伏せていた顔を上げた。
美しい、天の使いだと思われるほどの顔立ちだった。すっと通った鼻筋に薄い唇、露になった瞳は翡翠と同じように鮮やかな緑の瞳だ。

それから数分間、彼は同じ体勢で虚空を見つめていた。祈りを終えた男は立ち上がり、気配のする背後に向いた。
しゃらん、と揺れた十字架が涼やかな音を立てる。
本来ならこの場所は彼の許しがなければ何人足りとも立ち入ることの出来ない一種の聖域だ。先の事件から殆ど警護を付けられるようになって苦しい限りだが、ここだけは邪魔が入ることもない。
だがこうして女神に祈りを捧げていても、彼は今ここには居ない息子のことが気になって仕方がなかった。もう体は大丈夫だとか無理はしていないのかとか、今まで我慢して来たことも実際、会ってしまえば思いを抑え切れない。

「アルノルド様」

そんな心ここにあらずといった彼に呼び掛けたのは、男であるとも女であるとも思える声だった。
男――アルノルドの傍には誰もいなかったはずなのに、気付けばそこに白い聖衣に身を包んだ人物の姿がある。

「ミシェル」

ミシェルと呼ばれた人物はアルノルドに応えるように柔らかな微笑を見せる。一見した所、女か男かそれさえも分からない。抜けるような白い肌に薔薇の蕾を思わせる形のよい唇。光を一身に集めたような金の髪は帯のように広がり、神秘的な光沢を放っている。
背は高くもなく、低くもない丁度よい高さで体は男にしては華奢。

長い睫毛に海でも空でもない青い瞳。男でもあり女でもある。見る者にそんな不思議さを感じさせる何かがあった。

「猊下、ハロルドと見習いの悪魔祓いが一名、緊急の謁見を求め、扉の前に見えています。如何いたしますか?」

教皇に謁見を求めるとは相当なことだ。普段なら何の手続きもなしに出来ることでもないし、無礼だと罵られても文句は言えない。だがアルノルドは何も詮索することなくただ一声こう告げた。

「会おう。二人をここに」


御意にとミシェルが頭を下げ、見上げほどに強大な扉を開ける。ミシェルの後に続く二人は絨毯を踏み締め、アルノルドの前にひざまずく。

「顔を上げなさい」

顔を上げた二人はいずれも若い。一人は肩近くまで伸びたワインレッドの髪に金粉を散りばめたような琥珀色の瞳を持つ二十歳前後の青年だった。アルノルド同様黒い聖衣を身に纏った彼こそ、優秀な悪魔祓いにして異端審問官ハロルド・ファースである。

そしてもう一人は十六、七歳だと思われる年若い少女。大粒の瑠璃のような瞳に薄く紫掛かった長い銀の髪はアルノルドとは違った意味で美しい。こちらも悪魔祓いを示す黒の聖衣である。ただし彼女の場合は使われている糸は銀ではなく白。つまりは見習いだ。
整い過ぎたとも言える少女の顔立ちは冷たい印象を与えるが、今は他人では気付かない僅かな不安に揺れていた。



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