[携帯モード] [URL送信]
醒めない夢
アリアとシェイトは正面玄関から東にある診療棟の二階に位置するミゼルの病室を訪ねた。
病室へと続く廊下は静かなもので、数名の患者や魔法医療師とすれ違うだけだった。

ミゼル・クォーツと書かれたプレートが入れられた部屋の前、アリアが律儀にも扉をノックすると中から若い女の声が返って来た。一言だけでは断言出来ないがきっとルチルだろう。

「アリアちゃんにあら? どなたかしら?」

部屋にいた人物はやはりアリアの想像した通り、真珠色の髪に薄紅色のワンピース姿の少女――ルチルである。そして彼女の隣には白いローブを纏った見知らぬ青年が佇んでいた。

「初めまして。シェイト・オークスといいます」

そう言って頭を下げる。シェイトの名を聞いたルチルはああ、と納得の表情を作った。
話には聞いていたが、この少年がクリスの息子だと言われれば確かに頷ける。

「ルチルさん、そちらの方は……」

微笑を湛えた青年はシェイトと同じように静かに頭を下げた。年頃は一七、八歳だろうか。白雪を思わせる柔らかい髪に青掛かった藤色の瞳。全てを包み込む優しげな微笑を浮かべている。肌も抜けるように白く、まるで雪の精そのものであるかのような印象を与えた。

「僕はフィン。フィン・ジェオード。ルチルの夫だよ」

思いがけない青年――フィンの一言にアリアとシェイトが固まったのは言うまでもない。ルチルはどう見ても十代半ばにしか見えないのだが、もしかしたら彼女も養父のように老いを止めているのかもしれない。

「この人、こう見えて腕の良い魔法医療師なの。許可を貰ってミゼルちゃんを診てもらったんだけど……」

ルチルとフィンの表情が曇る。フィンは見た目は青年であるが、長い時を生きて来た人物である。彼が治療した患者は数知れず。今のミゼルとよく似た症例の患者も診たことがある。
しかしフィンもミゼルが昏睡状態に陥った原因を突き止められずにいた。脳に異常がある訳でも体内の魔力が乱れている訳でもない。体のどこにも異常が見当たらないからだ。

「……残念だけど僕にも分からない。いつ目覚めるのかも」

ベッドに寝かされ、瞳を閉じたミゼルはただ眠っているだけに見える。だが彼女の体には脈拍を計る魔具が取り付けられ、細い腕には点滴が繋がれている。
今直ぐにでも起きるのではないのか。そんな錯覚に襲われる。アリアは二年前までそうしていたように、寝坊ですよと言って起こしたい衝動に駆られた。そうすればミゼルがいつものように寝坊したことを謝って起きて来るのではないのかとそう思ったのだ。それが有り得ないことだと知りながら……。



[*前へ][次へ#]

7/64ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!