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月明かり照らす闇の中で
人工的な光は一切なく、汚れのない月明かりだけが辺りを照らしている。そしてその場に佇む二つの影。
一つは長身痩躯の男。流れる銀色の髪は滑るように月の光を弾いている。息を飲むほどに整った顔立ちではあるが、長い髪と影が顔の大半を隠していた。

男は底冷えする冷たい視線を、昏い輝きを宿す紺色の瞳を隣の人物に向けた。
隣の彼――紫の髪の青年は、素知らぬ顔で冷たい視線を受け流すと観念したように首を竦めてみせる。一見しただけで分かる美しい青年だ。目鼻立ちも勿論あるが、艶めく朱唇に長い睫毛。アメジストを思わせる紫の瞳は、蠱惑的な妖しさを漂わせている。

ただ、彼が人間ではないことを表すように、青年の体はほんの少しだけ宙に浮いていた。

「アスタロト、何か隠していることは無いか?」

男から発せられた声もまた永久凍土の如く冷ややかだった。
アスタロト。そう呼ばれた彼はどこか余裕のある笑みを張り付けたまま、ゆっくりと口を開いた。


「隠していることね……。この都市で強い聖人の力を感じたよ。教戒の者かもしれないね」

とても強い力だ。下手をすれば肉体を得た天使と同等かもしれない。
だがラグナのことは口にしない。だって面白いではないか。
そんなアスタロトの心情を知ってか知らずか、いや、ある程度理解している契約者は、青年に知られないようため息をついた。

「聖人か……厄介だな。お前が強いというのなら相当なんだろう。邪魔になりそうか?」

アスタロトは隠し事はしても嘘を付くことは決してない。それだけは確信出来た。

「例え教戒の聖人だとしても障害にならないよ。それにしても……神々の裁き、か。人も皮肉な名を付けたものだね。ただ、ここにはクリス・ローゼンクロイツも居る。聖人よりも彼に気をつけた方が良いかもしれないよ?」

クリス・ローゼンクロイツ。厄介な者まで現れたと言うのか。ならばこちらの存在が知れるのも時間の問題。
思ったよりも残された時は多くない。だがここで予定を変えるつもりもなかった。
契約者の決意を感じたアスタロトは静かに、だが恐ろしく妖艶に笑った。



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あきゅろす。
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