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背負う覚悟
そこは例えるならば黒で彩られた世界だった。部屋を覆うカーテンも床の絨毯も艶掛かった黒。要所に施された金糸の刺繍が重苦しい印象を払拭している。
玉座に似た椅子に腰掛けるのは一人の青年。つややかな赤の髪は血よりも深く、薔薇よりも紅い。遠くを見据える黄昏色の瞳は、彼が滅多に見せない憂いの色を含んでいた。

「ルシファー様、お客様が見えられているのですが、お通ししても宜しいでしょうか?」

扉の向こうから聞こえたのは青年――ルシファーの側近であり、今の右腕的存在、ベルゼブルの声である。

「ああ、通せ」

「畏まりました」

一礼と共にベルが一人の男を伴って入室した。水色の髪に同色の瞳、彼はルシファーに人好きのする微笑みを見せた。

「お久しぶりです。ルシファー様、お変わりのないようで」

思えば彼と最後に会ったのは一体いつだったのだろうか。
数えることすら煩わしくなった時の中で昨日のように思い出せる記憶。自分と同じように彼もまた自分の意思で天を堕りた。

「懐かしい。アザゼル、元気だったか?」

「今の私は“アゼル”ですよ。天使ではありませんから」

彼、天使アザゼル。いや、アゼルは人間の娘と恋に落ち、天を降りた。それを正直に告白したアザゼルに女神は何を言わなかったという。ただ、慈しむような笑みで彼を見送った。その時のことをルシファーはよく覚えている。

「そうか。そうだったな」

やはり女神アルトナはこの世界全ての“母”。きっと彼女は全てを分かっていたのだろう。
ルシファーが堕天した理由も。だからこそ彼女は彼を“許した”。
堕ちた彼の本来の色は黒のはず。だが女神はまだ、暖かい金色の光を纏うことを許したのだ。だがたとえ女神が許してもルシファーは自分自身を許さない。未来永劫、罪と罰を背負う覚悟はある。



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あきゅろす。
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