今を見据えて
「……僕はいつも思っていたんです。人を助ける為に自分が傷付いても構わないと。でもそれは間違いだったんですね。僕を大切に思ってくれている人のためにも自分を蔑ろにしては駄目なんだ」
マリウスはずっと母が死んだのは自分が原因だと思っていた。父にも言えず、弱さを見せずに自ら全てを背負おうとして。
そうしなければ自分を支える何かが崩れてしまいそうだったから。だから自分が傷付こうと平気だった。それよりも目の前で誰かが人が傷付く方がずっと嫌だ。
でもそれと同じ気持ちを自分はフィアや父にもさせていたのだ。
「ええ、だから御自分をもっと大切になさって下さい。貴方はとても危うくて見ていられません。……確かに過去と言うものは、自分という人間を形成するのに欠かせないものです。ですが、過去ばかり見ていては今を見失います。私たちは過去を生きているわけではありません。“今”を生きているのですから」
失ってしまったものは取り戻せない。どんなに願っても過去へは戻れない。後悔しない選択なんて有り得ない。
ならば過去を踏まえた上で今を見据えて生きるべきではないのだろうか。
そしてそれはミシェル自身に向けられた言葉でもあった。彼もまた過去の象徴である“あの人”を忘れられないのだから。
ミシェルはマリウスの過去に何があったのか知っている。何故ならあの日、父と共に駆け付けたのは彼だったのだから。
「そう、ですね。父さんも母さんも僕が過去に囚われたままで居る事を望まないでしょう……」
ミシェルに言われて自分は初めて許された気がした。それでも心の整理がついたわけではない。今でも母が最後に見せた微笑みが忘れられない。母さん、僕は許されてもいいのでしょうか?
マリウスは祈りにも似た気持ちで今は亡き母に問うた。
「直ぐには無理ですが、落ち着いてから父さんと会って話をしたいと思います。今はまだ自分の気持ちすら整理出来ていませんし」
そう言うとマリウスは穏やかに微笑んだ。それは、マリウスがミシェルに見せた今日初めての笑顔だった。
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