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手加減して下さい
 シェイトは流れ落ちる汗を拭いながら深い息を吐く。アレイスターの稽古以上に恐ろしいものがあるとは思わなかった。息はとうに切れていて、肩で息をしている状態だ。彼も容赦などしてくれたことはないし、シェイトがどんなに苦しそうでも、その手を緩めることは無かったが、『これ』はそれ以上である。まだアレイスターは手加減してくれていたのだろう。見れば、レヴィウスは汗塗れになって床に倒れ込んでいる。マリウスもレヴィウスほどではないにせよ、ライトブラウンの前髪は汗で額に張り付いていた。
 涼しい顔をしているのはただ一人。ラクレイン王国屈指の武芸の名門、クルスラー家現当主、シオン・クルスラーのみだった。アリアたちが街に買い物に出ている間、シオンに稽古をつけて貰う所までは良かったのだ。その時はまさか稽古がここまで過酷なものとは思わなかったが。

「学生にしちゃ、やるみたいだな。本当にウチの弟子たちに見習わせたいくらいだ。流石は優秀な魔導師の卵とラティの息子だけある」

「それは……光栄なこと、で」

「お二人とも凄いです。シオンさんの……最大の賛辞ですよ」

「喜ぶ……べきか、自分の力なさに落胆すべきか」

 床に寝転がったまま、光栄なことでとレヴィウスが答える。息も絶え絶えであるため、声もとぎれとぎれにしか聞こえない。力なく笑うマリウスの言葉に喜ぶべきか、情けないと落ち込むべきか。相手はあのクルスラー家現当主。三人がかりでも敵わないことは重々承知していたが、まさかここまでとは。汗塗れで肩で息をしている三人とは対照的にシオンは汗すらかいていない。

「喜んでいい。俺は滅多に褒めないからな。マリウスも暫く見ない内に背が伸びたか」

「それほど伸びていませんよ」

 彼がマリウスを見る瞳は、まるで父親のように優しい。汗で湿った髪など気にせずに頭を撫でている。少し休めば呼吸も随分楽になった。微笑ましい二人を横目で見ながら、倒れたままのレヴィウスに声を掛ける。

「大丈夫か、レヴィ?」

「まあ、多少は……。ったく、マリウスも知ってたら、少しくらい言ってくれたら良かったのに」

 勢いよく起き上がった彼は、シオンに聞こえないよう囁く。付き合いのあるマリウスなら当然、シオンの実力だって知っていただろうし、稽古をつけて貰ったこともあるだろう。せめて少しくらい話してくれても良かったのではないか。そう言いたいに違いない。シオンが丁寧に稽古をつけてくれたのは、嬉しいし、有難いとは思う。思うが、複雑なところである。



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