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その人の生きた証
「覚えて……おく?」

「はい。それが生きた証になるような気がするんです。偉そうな事を言ってすみません。でも、私も以前、思ったんです。いえ、今でも思います。もう少し早く出会っていれば、あの人を助けることが本当に出来たかもしれないと」

 アリアが思い出すのは、アスタロトの契約者。彼は愛する人を奪った教戒を憎んでいた。例え復讐を果たしても彼女が生き返るはずはない。己の自己満足に過ぎないと分かっていても、彼は復讐を選んだ。彼女を奪った教戒に、世界に復讐する道を。彼の悲しみを理解出来るとは言えない。愛する人を失った痛みは想像を絶するものだったのだろう。
 それでも、彼はこうも言っていた。憎しみは消えることはないが、もう少し信じても良かったのだろうと。彼――アレクシスを解き放つことは本当に出来なかったのだろうか。命を燃やし尽くしてしまう前に。アレクシスの名を覚えておくことがアリアに唯一出来ることだと思うのだ。

「……ありがとう。アリアは私が思うよりずっと強いわ。初めて会った時は可愛いだけの子かと思ったけど、私なんかより強い。なんだか情けない限りだけど」

「そんなことないですよ。聖人の儀で見たノルンさんは凄く堂々としていて、世界が違うんだって思い知らされました。それに初対面であのレヴィウス先輩を冷たくあしらえるのはノルンさんだけです」

 幾分か落ち着いたようで、ノルンは柔らかな笑みを見せてくれる。情けないと彼女は笑うけれど、アリアからすれば彼女の方がずっと凄い。聖人の儀で目にしたノルンは、純白の聖衣を纏っており、不安げな表情をしていながらも堂々としていた。『聖人』なのだと思い知らされた気がする。
 聖人は魂の資質ではあるが、それこそが女神に選ばれた証なのかもしれない。ノルンにハロルド、シグフェルズ、そしてアルノルド。アリアの知る彼らは皆、聖人に相応しい人物だった。

「そう見えたなら、少しは嬉しい。あの時は、その……悪かったと思ってるわ」

「いえ、ノルンさんの一面が見られて良かったです。少し、元気が出ました? 私は何も出来ないですけど、お話を聞くことくらいは出来ますから」

 アリアにはノルンの思いを完全に理解出来るとは言えない。他人の心を理解出来る、そう思うのはきっと傲慢だろう。彼女には彼女の背負うものがあるのだろう。何も出来なくても、話を聞くくらいは出来る。



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