堕天使を顎で使う人間
「確かにそれがお前の仕事だな」
「ええ。パイモンにもいつも呆れられます。ですが、これくらい口を酸っぱくして言わせて頂かなければお分かりになりませんから」
ベルゼブルは片目を瞑って笑いながらも、誰が、とは名指ししなかった。暗にルシファーだと言われているのは分かっている。彼は言わば母のような存在、と言ってもいいだろう。もっとも、彼らの母は創世の女神アルトナただ一人だが。もうあの時のように世話を焼いてくれる存在がいないからか、ベルゼブルは天にいる時よりずっと口うるさい。
母、そう考えていると、一人の女性が頭に浮かんだ。リデル・メイザース。黄金の暁の首領であり、かつて英雄と謳われた、英雄に祭り上げられた魔導師。彼女はルシアがルシファーだとは知らない。リデルとは契約を交わしてもいないため、ベリアルとあの青年のような形とも違う。ルシファーはあくまでルシアとして力を貸しているだけに過ぎない。それっきり黙ったままのルシファーを見て、ベルゼブルが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ルシファー様? 如何されました?」
「いや……ただ、彼女――リデルのことを考えていただけだ」
「彼女はとても不器用で、そして人間らしいお方ですね。どうなさるおつもりなのですか?」
リデルの子、精霊都市ディスレストで命を落としたはずの娘が生きていた。アリア・ハイウェル。琥珀の称号を持つ亡きマイスター、イヴリース・ハイウェルの娘として。それも皮肉な事に彼女はリデルの親友、クリス・ローゼンクロイツの生徒だったのだ。誰よりも人間らしくて、そして悲しいひと。逃げ出しても誰もリデルを責めはしないだろう。でも、それが出来る性格ではないとルシファーは知っている。
これから先、彼女に待ち受ける運命。逃れようもないそれを前にどうするつもりなのか。ベルゼブルはそう言いたいのだろう。
「何もするつもりはない。最後まで見届けるつもりだ。それに彼女も望まないだろう。なにせ、堕天使を顎で使うくらいだ」
「ふふ……ルシファー様を顎で使う人間は彼女くらいですよ」
『あれ』がルシファーに出来る最大の譲歩だった。だが、彼女は走り続けることを選んだのだ。悪魔と契約することもなく、最低限しかルシアを頼らない。そんな彼女を好ましいと思っていた。最後まで見届けよう。リデル・メイザースの生き様を。
ルシファーは頷きながら窓の外に目を向ける。血を零したような黄昏。それは先に待つ運命を暗示しているかのようだった。
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