僕の仕事
「それは存じております。ですが、とても複雑な表情をしていらっしゃったので」
笑みを堪えながら答えると、ベルゼブルは視線を逸らし、言いづらそうに返事をする。彼が心配するほど酷い表情をしていたのだろうか。魔界でも恐れられる自分が過去を懐かしむなど、他の悪魔が知ればさぞ驚くことだろう。
ルシファーは足を組み、肘をつくと尊大に見えるように笑い声を上げる。滑稽ではないか。
「お前にはそう見えたか、ベル」
「申し訳ありません。生意気を申しました」
「謝る必要はない。ただ私が愚かなだけだ。して、ベリアル、アスタロトは妙な真似をしていないな?」
ベルゼブルは深々と頭を垂れる。天を追放され、気の遠くなるほどの時が流れた。彼はルシファーの右腕たる存在ではあるが、決して片割れには成り得ない。あくまでも主と臣下に過ぎないのだ。
瞼を閉じて、数秒。ゆっくりと目を開けて『魔王ルシファー』へと意識を切り替える。長い時間が流れ、時々己が『何』なのか分からない時があるのだ。どこまでが演技で、どこまでが本当の自分なのか。
ベリアルとアスタロト。どちらも強大な力を持つ大悪魔であり、並の悪魔であれば一瞬にして塵にするほどの力を有している。
「はい。アモンとパイモンから報告を受けておりますが、今のところは大人しくしているようです」
「そうか。アスタロトはまだしも、ベリアルから決して目を離すな」
アスタロトはルシファーの命に背き、愚かにも契約者のもとへと向かった。アモンに一撃を入れたことで罰を軽くしたが、動けるような状態ではない。加えてアスタロトにも逆らう気などないだろう。
だが、ベリアルは別だ。表向きは大人しくしていても、それは表面上だけ。どんな悪魔よりも悪魔らしく、残忍で狡猾。虚偽と詐術の貴公子、と謳われる炎の王は他の悪魔とは一線を画する。大人しく命を聞くとは思えない。
「御意に。レヴェナならば心配はないでしょう。ルシファー様、少しお休みになられては如何ですか? 後は僕にお任せ下さい」
「本当にお前は心配症だな。分かっている。私は『魔王』なのだから。しかし、ベル。私はそれほどヤワではないのだがな」
ベルゼブルは本当に心配症で、これでは母か何かのようだ。以前も少し休めと釘を刺されたこともある。見た目は美しい少年でも、彼に並ぶ力を持つ悪魔は数えるほど。にこやかに微笑みながら他の悪魔たちを抑えるのだから、ある意味ではアモンより恐ろしい。普段が穏やかだから余計にそう感じるのだろう。まったく、と苦笑すれば、彼は胸を張り、得意げにこう言った。
「それが僕の仕事ですから」
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