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永劫の呪い
 新たな年が始まろうと、魔界の空が金色に輝くことはない。事実、ここには太陽も月もないのだから当然だが。空は常に黄昏色に染まり、他の色に染まることはない。それはまるで己のようだとルシファーは思う。綺羅びやかな宝石も黄金も自分の心を満たしはしない。どれだけ着飾って精緻な刺繍が施された衣を纏おうとも、空虚さは消えはしない。
 思えば、天にいた頃は豪奢な衣ではなく、簡素な衣を身に纏い、宝石や黄金もなかったけれど、何よりも心は満たされていたのだ。荘厳華麗な玉座に腰掛けていたルシファーは、過去を懐かしむように黄昏色の瞳を細めた。

 己の選択を後悔したことなどない。ルシファーは愚かさ故に女神に反旗を翻した傲慢な魔王でいいのだ。振り払おうとしても出来ない、忘れようとしても忘れられない存在がある。いっそ、全てを捨ててしまえれば楽なのだろう。だが、ルシファー自身がそれを許さない。それはあまりに無責任だ。
 この身を飾る衣も黄金もいらない。一度として焦がれたこともない。魔王として必要な装いだから、という理由で着飾っているだけなのだから。

 強欲なのは人だけではない。悪魔もである。欲というものは本当に限りがない。理性という枷を嵌めなければ、容易く溢れ出そうになる。過ぎた感情は身を滅ぼすだけ。欲に溺れた者の末路を幾度も目にした。そしてかつて多くの同胞を屠った。既にこの手は血に濡れていて、何の穢れも知らなかったあの頃とは違う。
 再び目を閉じ、かつて手に掛けた同胞たちの名を口にする。彼らの名は一人残らず覚えていた。今でも昨日のことのように思い出せる。悲痛な声、そして自分を罵る声。許してくれとは言わない。言う資格などない。それは永劫の呪いと言ってもいいだろう。心から休まる事はなく、この体では容易く死ねはしない。並の力では傷を付けることすら出来ないのだから。

 刹那を生きる人を羨ましいと思うこともある。ちっぽけな力しか持たず、短い時を懸命に生きる彼らはルシファーなどよりずっと自由なのだ。創造主の手を離れたとしても、自由とは言えない。現にルシファーは様々なものに縛られている。失って初めて、自由の素晴らしさが分かるのだ。誰もが持ってるように見えて、そうではないもの。選択の自由、行動の自由、心の自由。奪うことは容易くても、逆は難しい。
 脳裏に浮かんだ黄金の幻影。どうか自由でいて欲しい。何物にも縛られることなく。ルシファーとしてしてやれることはただ一つ。突き放すことだけ。これ以上、未練を残してはならないのだ。いつか躊躇いなく、あれがその剣を振り下ろせるように。

「ルシファー様」

「なんだ?」

 薄く目を開ければ、この魔界で己の右腕と謳われる悪魔の姿。フリルがあしらわれた黒の礼服を身につけ、跪いている。貴族の子弟のような優雅さを持った少年。蝿の王とも呼ばれる大悪魔ベルゼブル。その二つ名からはかけ離れた麗しい姿を持っている彼の悪魔は、かなりの心配症だ。

「お眠りになっていらしたのですか?」

「いいや。それに悪魔は夢を見ない。お前も知っているだろう」

 悪魔も天使も夢を見ることはない。夢と言うよりは記憶だ。またも浮かんだ面影を振り払うように、ルシファーは口角を吊り上げた。



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あきゅろす。
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