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人と竜
 星屑を散らした空に輝く黄金の女王。それはカルナシオンら竜にとっては母同然である。月の光はとても心地よく、体の隅々まで力が満ち渡るようだ。皮膜の翼を羽ばたかせ、空を泳ぐ。空を飛んでいる時は無心でいられるため、アルジュナと共にいるのと同じくらい心が安らぐ。竜は殆ど睡眠を必要としない。何もせずに部屋に閉じこもっているのは退屈だし、何よりカナリアと同室だ。
 とは言え、一晩中飛んでいる訳にもいくまい。何より、アルジュナが心配する。彼女を不安にさせるのは本意でない。思えば、カルナシオンの世界はアルジュナを中心に回っている。それは以前のカルナシオンならば考えられないことで。幸せ、と呼ぶのだろう。依存しているのはアルジュナではなく、自分の方。

 人と竜。二つの種族を隔てる壁はとてつもなく高い。人の姿を取ることは出来ても、同じ時間を生きることは出来ないのだ。どんなに願っても、それは変えられない。もっとも近いはずが遠い存在。手を伸ばし、触れ合えても『違う』存在なのだから。痛いほど理解していたはずだった。
 悠然と空を泳ぎ、宿へと戻る。時刻は夜半だが、本来の姿ならばもし誰かが見ていれば驚くだろう。仮の姿である小さな竜となって窓に滑り込んだ。すると、ベッドから上体を起こしたカナリアが魔水晶を握りしめていた。親指大の水晶からは殆ど力が感じられない。自嘲するように笑う少年は、月明かりに照らされて酷く儚く見えた。まるで今にも消えそうに見える。

『何を辛気臭い顔をしている』

「……あのねえ、辛気臭いってあんまりじゃない」

 振り向き、窓の方を見つめた彼は、もういつものカナリアだった。流石に変わり身が早い。先ほど悲しげな顔をしていた少年と同一人物とは思えない。
 カルナシオンの耳に届いた声。またあの夢。うなされていたのだろう。本人は隠しているつもりだろうが、人に比べ、聴覚も良い竜族に隠し事が出来るはずがない。

『あんまりも何も事実だ』

「知らないふりをしてくれたら良いのに、カル君は本当に酷い。……そして僕はなんて愚かなんだろう。……僕にも一人だけ親友と呼べる存在がいたんだ。一人、って言うのもおかしいかもしれないね」

 カナリアはカルナシオンの返事など気にせずに、ぽつぽつと話し始めた。答えなど最初から期待していないのだろう。独り言のつもりで話し、またカルナシオンもそのつもりで聞いている。親友と呼べる存在。それは既に世界へと還り、彼が持つ魔水晶となった竜のことに違いない。



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あきゅろす。
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