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叶うならば
 殺してくれ、と懇願する声が今も頭にこびり付いて離れない。あの時、どうすることが最善だったのだろう。今もまだ分からない。人は生きている限り、後悔とは無縁ではいられないのだろう。後悔しない人間なんていないのだから。今まで、生きるために多くの命を奪った。それは確かにカナリアの罪なのだろう。償えるとは思わないし、許して欲しいとも言わない。
 彼は初めて心から親友と呼べる存在だった。彼の前ではカナリアなど幼子に過ぎなくて、博識な彼はカナリアに魔奏士としての才能を見出し、古代歌を教えたのだ。イザール――彼との日々は本当に楽しかった。もっとも安らげたと言えるかもしれない。もう戻らない日々だからこそ、戻りたいと思う。もし、時を戻せるのならば戻したい。もっとも、そんなことが出来るとするならば、この世界を創造した神々だけだろう。

 カナリアは彼の願いを叶えた。彼から教わった歌で。最後の時、イザールは微笑んでこう言ったのだ。ありがとう、と。感謝されるいわれなどない。カナリアはまたあの光景を目にしていた。これは夢だと理解しているのに、覚めることは叶わなくて。指が、口が、意思とは無関係に動く。結末は分かっているのに、またこの光景を繰り返さなければならないのか。
 歌が紡がれ、魔歌が発動する。その瞬間、カナリアは己の悲鳴で目を覚ました。真っ先に目に入ったのは天井で、弾かれるように起き上がる。まだ夜半らしく、硝子窓からは青白い月明かりが漏れていた。

「夢、か……。はは、またあの夢。僕もなかなか臆病だってことかな」

 自嘲するように笑い、汗で湿った髪をかき上げる。あの後、サイネリアを旅立った一行だったが、流石に夜に竜の背中で眠るのは女性陣に悪い、ということで宿を取ったのだ。
 アルジュナと夕月は言うまでもなく別室。部屋の中を見回せば、同室のはずのカルナシオンはいない。大方、月光浴にでも出たのだろう。こんな月の綺麗な夜は、彼らにとっても心地よいはず。
 震える指で、服の下から鎖のついた魔水晶を取り出す。親指ほどの大きさしかないが、ひんやりと冷たい。彼の魂はもう輪廻の輪へと戻っただろうか。もしかすれば新たな生を歩んでいるかもしれない。

 何が正しくて何が間違っていたのか、今でもその答えを出せずにいる。多くの命を奪った自分が滑稽なことだ。彼が好きだと言ってくれた歌を口ずさむと、言い知れぬ寂しさに襲われた。随分と感傷的になったものだ。これも歳をとったからだろうか。
 出来るなら、何も知らなかったあの頃に戻りたい。それが決して叶わぬ願いであろうとも、カナリアは何度だって願うだろう。そう何度でも。



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