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事実を指摘したまで
 アルジュナは少しだけ疲れたと言っていたが、初めての外の世界なのだ。疲れないはずがない。ベッドに潜り込むと、十分もしない内に寝息を立て始めた。不安だから、と頼まれて枕元に座っていたカルナシオンはベッドから降りると人の姿を取る。群青色の髪は月光を弾いて美しく輝く。眠る愛しい少女の髪を撫で、起こさぬようそっと部屋を出た。
 カナリアの部屋は隣だ。彼がアルジュナを気遣って個室を二つ取ってくれたことだけは感謝したい。
 竜は殆ど睡眠を必要としない。普段は彼女に合わせて取っているだけだ。階段を降り、酒場に顔を出すとカナリアが手を振っていた。

「カル君。一緒に飲まない?」

「……ああ」

「何その間。別にいいけどさ。こっちこっち」

 カルナシオンが答えるまでに一瞬の間がある。カナリアはその間が気に食わなかったのか唇を尖らせたが、すぐに気を取り直して椅子を叩いた。どうせすることもないのだ。彼に付き合うのも悪くはない。暇つぶしくらいにはなるだろう。
 カナリアはどうやら、また酒を飲んでいるようだ。それも結構なアルコール度数の高さである。酔っているとは思えないため、かなり酒には強いのだろう。おねえさーん、と女性を呼び、早速カルナシオンの飲み物を頼んでくれているよう。椅子を引き寄せ、彼の向かい側に腰掛ける。

「悩み事? なんだか上の空な感じだし」

「お前こそ誤魔化せると思うのか。……血の匂いがする」

 グラスの中の氷を揺らすカナリアを睨みつけんばかりに見据える。人間ならば分からないかもしれないが、カルナシオンは竜。嗅覚や聴覚、全てが人間より何倍も上である。彼からは血の匂いがした。喧嘩でもして来たのか、それとも別の理由なのか。何にしてもあまり褒められたものではない。
 もっとも、カルナシオンには関係ないことだが。カナリアが何をしようと、アルジュナを害さない限りは。彼が何故、自分たちに付き合っているのか。その理由は今もよく分からなかった。酔狂な人間もいたものだ。

「干渉しないんじゃなかったの? 僕が何しようが僕の勝手だと思うけど。別に、ちょっと絡まれたから、身の程を教えてあげただけだよ」

「お前が何をしようと知ったことか。俺は事実を指摘したまで」

「ホントにカル君はコミュニケーション能力ないよね。歌姫に対してはあんなに饒舌になるのに。歌姫以外には冷たいもんね」

 何をしようが勝手だと笑う彼は、とてもアルジュナと同年代には思えない。その笑みはどこか妖艶で、老獪さを含んでいる。呆れたように髪を弄るカナリアに対し、カルナシオンは無言。実際、アルジュナ以外の人間と馴れ合うつもりはない。人の可能性は認めよう。始まりの竜たちと共に世界を神の手から羽ばたかせた少年のように。
 けれど、全ての人間が彼やアルジュナのようにはなれないし、人にそれを求めるのも間違いだろう。



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