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遠のアルカディア
今も尚、忘れられない存在
 青く澄んだ空は、どこまでも続いていて果てなどないかのようだ。よく見れば、青一色ではなく、微妙な濃淡があると分かる。青であり、群青であり、水色。時には勿忘草のようでもあった。この空の果てはどこにあるのだろう。幼心にそう思ったことを今もまだ鮮明に覚えている。
 空を見上げ、ルカはいつも思う。全ての子らに祝福がありますように、と。もう子供たちを祝福してくれる神はいないけれど。それは落胆する所ではない。

 世界は神の手から離れた。それはつまり、アルカディアは未だ己の翼で羽ばたき始めた小鳥同然だということ。
 しかし、どんなに小さな羽根だとしても、自分の力で羽ばたいたことには変わりない。それが嬉しいのだ。

 幼い頃、母が歌っていた歌を口ずさみながら思う。やはり故郷は落ち着くものだ、と。それはそうだろう。ルカが生まれ、十五年間暮らした所なのだから。
 海上都市エランディア。それが故郷の名で、ルカはその街にある時計塔の頂上にいた。風が少年の青い髪を揺らす。悪戯好きの風の精霊が戯れているよう。

 耳飾りにそっと触れ、風に身を任せるように目を閉じた。冒険者の証でもある耳飾りにつけられた石の色は紫。それは彼が冒険者の最高位であることを示している。
 一年前、ルカは相棒のアルたちと共に創世の歌を歌った。それこそが彼ら始竜と世界を神の手から解き放つ鍵だったのだ。何よりも解放を願ったのは、消えてしまった彼。

 暁闇の名を持つ彼は摂理に抗い、友に背を向けてもなお、それを果たそうとした。代償に彼の魂は歪み、そして消えたのだ。
 ルカは今でも“彼ら”のことを思うと胸が苦しくなる。あの時、何か出来たのではないかと。

「……分かってる。いつまでも縛られちゃいけないって。でも……」

 呟き、肌が白くなるほどきつく手を握りしめた。既にこの世界を立った者に対し、未練を抱くのは良いことではない。
 けれど、分かっていてもままならないのが感情というものだ。既に新たな生を歩む準備をしている、いや、歩んでいるかもしれない彼らのためだけに歌う。
 この歌声が届けばいいのに。空に響く歌声は儚くも聞く者を惹き付ける。年頃の少年にしては高い声は、少女に間違えられてもおかしくなかった。
 いつものようにルカが腰かけて歌っていると、彼の膝に小さな猫がちょこんと座る。

 夜の闇を封じ込めたような艶やかな毛に、瞳は濡れたアメジストを思わせた。人に慣れているのか猫はルカに擦り寄ると、気持ち良さそうに喉を鳴らしているではないか。首輪をつけてはいないため、飼い猫ではないのだろう。
 初めて見るはずの猫なのに、この懐かしいような気持ちは何なのか。歌を中断し、躊躇いがちに猫の背中を撫でてやる。どうやら気持ち良いらしい。

「うにゃあ」

「あー、いたいた。ヴィオってば、そんなにルカがいいんだ?」

「馬鹿なことを言うな。お前にもほとほと愛想が尽きたんだろう」

 からかうような声とどこか呆れた声。どちらも青年のものだ。振り返った先、ルカの視界に入ったのは、とんでもなく美しい青年たちの姿だった。



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