アスベルの気遣い
窓を叩いていたのは、葡萄酒色の髪と青い瞳を持った快活そうな少年。先ほど別れたばかりのアスベルだ。
アストンは厳しそうな父親だったが、もしかしてまた抜け出して来たのだろうか。
ベッドから起き上がると、誰もいないことを確認して窓を開け、アスベルを招き入れた。
「またアストン様に黙って抜け出して来たの?」
「親父がうるさいからな。もしかしてまた泣いてたのか?」
煩わしそうに言ったアスベルは、ルフィナの顔を見て驚いたらしい。涙は拭ったとは言え、まだ目は赤いだろうし、流石の彼も気づくだろう。
「……アスベルたちに迷惑を掛けたくないのは本当」
「そんなの……!」
「私は……名前を貰えただけで嬉しいから」
右も左も分からなくて、自分の名前も思い出せない。どこの誰かも分からない自分にアスベルたちは親切にしてくれた。
ルフィナという名を貰えただけで嬉しいのだ。
自分のことでアスベルがアストンと言い合って欲しくない。本当は心細くて苦しいけれど、迷惑を掛けたくないから。
窺うように顔を上げると、アスベルは拳を震わせ、怒っているように見える。
「アスベル?」
「そんなこと言うな! ルフィナは何も心配しなくていい! 俺が何とかする!」
「でも……」
アスベルが出来ることなど、限られている。嬉しいと思う反面、冷静に判断する自分がいた。
尚も言い淀むルフィナにアスベルはにっこりと微笑む。
「でも、はなしだ。わかったか?」
「うん……!」
アスベルの手がそっと頭に乗せられた。それだけで不安など、吹き飛びそうになる。
一度はおさまったはずの涙が再び溢れ、自分ではどうにも出来なかった。
「お、おい、ルフィナ?」
「大丈……夫」
「大丈夫じゃないだろ。ほら」
気付いた時には誰かに抱きしめられていた。勿論、アスベルだ。
宥めるように、優しく背中をさすってくれる。驚きに涙も止まり、目の前のアスベルを見上げると、
「ヒューバートもよく泣くから、慣れてるんだ」
照れ臭そうに笑うアスベルがいた。そっぽを向いたまま、目を合わそうとしない。
そんな彼が何故かおかしく見えて、ルフィナも声を上げて笑った。
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