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そのいち
初めて“彼女”を見た時、なんて可愛らしい人なんだとセエレは思った。
とても倒すべき魔王とは思えなくて、一瞬で彼女に見入られていたんだ。

象牙や黄金をはじめとした貴金属がふんだんに散りばめられた玉座に腰掛け、セエレを見下ろしているのは少女だった。人間で言うなら、十六、七歳くらいだろうか。

腰まで届く艶やかな髪は、淡い薔薇のような薄紅色。長い睫毛に縁取られたアーモンド型の瞳は目にしたこともない美しい孔雀色をしていた。
抜けるように白い肌には一点の染みもなく、まるでアンティークドールのようだ。短いスカートに、金糸の刺繍が施された黒い外套を身につけた彼女は、後数年もすれば絶世の美女となることだろう。

しかしセエレの目には魔族全てを束ねる魔王というより、触れれば折れてしまいそうなほど華奢な少女にしか見えなかった。

「お前か、私を倒しに来た勇者というのは。紫水晶のような瞳をしているな。……このまま大人しく出ていくと誓うなら命だけは助けよう」

足を組み、尊大に彼女は言った。鳥が囀ずるような美しい声だというのに、少女の声には魔王としての威厳に満ちている。ただ違和感を感じたことから、無理をして喋っているのだろうか。

セエレは今まで瞳を誉められたことなど、生まれてこのかたなかった。魔族にしては珍しい、とは言えない瞳の色も人族では違う。
紫の瞳は魔族の証だ、忌み子だと罵られ、蔑まれながら生きてきた。
瞳の色が皆と違う。ただそれだけで。だから恋をした。落ちるのは一瞬。セエレは彼女に恋をしたのだ。


何だかあり得ない重みにセエレの意識は浮上する。腹が重いのだ。何故か柔らかくて暖かい何かと、かたくて冷たい何か。うっすらと目を開くと、真っ白な犬と黒に銀の細工がされた軍靴が視界に飛び込んで来た。

円らな黄色い瞳を向けているのは、セエレの愛犬エクスカリバーン、通称エクス。ではこの軍靴は誰だろう?
ふと視線を上げると、絶対零度の眼差しをした青年と目があった。

「やっと起きたか。大馬鹿者が」

二十歳から二十代前半ほどの美しい青年である。細身であるものの、しなやかで鍛え上げられた体から弱々しさは微塵も感じられない。
銀糸の刺繍が施された黒の軍服を隙間なく着こなし、同じく銀の縁取りがなされた軍帽を被っている。

長い銀糸の如き髪は三つ編みにして右肩に流しており、耳はセエレのそれと同じではなく、銀の狼の耳をしていた。
切れ長の瞳は薄氷を思わせる灰色掛かった青で、軍靴をセエレの腹に乗せたままである。

「貴様は犬以下か。分かったらさっさと起きろ」

「おはようございます、ロー団長!」

セエレは元気よく返事をすると、腹からエクスカリバーンを退かして青年に敬礼した。
永久凍土もびっくりの冷たい視線でセエレを見下ろしている青年こそ、国一番の剣の使い手と謳われ、騎士団長も務める人狼族のローウェルだった。



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