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そのはち
「クロウ様! 申し訳ありません!」

「へいき」

 慌てて“力”の放出を止め、謝るアリスティドは顔面蒼白だ。見ているフェリシアたちが気の毒なくらいに。すると、肌を刺すようだった冷気は消え、冷えた空気も元に戻っている。
 このままアリスティドが力を使っていれば、間違いなくここは冷凍庫と化していただろう。

「……まことに申し訳ありません」

「アリスが謝ることない。だから気にしないで」

「陛下のおっしゃる通りです。悪いのはエヴァンジェリン様とそこの真っ白ですから」

 頭を下げるアリスティドは可哀想なくらい肩を落としている。フェリシアが気にするな、と笑えば、ジュリアは輝くばかりの笑顔でリュシアンとエヴァンジェリンを睨み付けた。
 リュシアンに至っては“真っ白”呼ばわりだ。

「真っ白ですか。ジュリア殿も全く分かりづらい例えを……」

「いやいや。真っ白はこの中に一人しかいないから!」

 困りますね、と肩を竦めるリュシアンはどう考えてもおかしい。この中で“白”は神族であるリュシアンただ一人だ。
 白金色の髪に白い長衣といい、思わずフェリシアが突っ込んでも、青年は薄く笑うだけだった。

 アリスティドは魔族の中でも雪麗(せきれい)と呼ばれる種族で彼の場合、感情が高ぶることで力が暴発してしまう。つまり人間(というか魔族)冷凍庫のようなものである。
 今回はそれを知っていながら、くだらない言いあいをやめない二人が悪い。本人に自覚はないが、ある意味ではアリスティドこそ最強かもしれなかった。

「危うく銀世界になるところだったわ。わらわは火と氷は好かん。あぁ、アリスがどうこうと言っておる訳ではないぞ?」

「は、はい……」

 ふう、と息を吐いたエヴァンジェリンは、外見には似つかわしくない老獪な笑みを浮かべた。彼女は所謂吸血鬼、とされる種族。彼女らの力の源は血だ。
 しかし火は血を焼き尽くし、アリスティドの力は血を凍りつかせる。一概には言えないが天敵、と言っても過言ではないかもしれない。

「フェリシアさ……へぶっ!」

 とその時、開け放たれた扉が勢いよく閉められた。他でもないリュシアンの手で。ごん、と言う音と共に何かがぶつかった盛大な音が響き渡る。
 被害にあったのは間違いなく“彼”だろう。人族にして自称勇者、そしてフェリシアの愛の奴隷である。

「これで安心です」

「今回ばかりはよくやった、リュシアン」

 晴れやかな笑みを浮かべるリュシアンに、フェリシアも労いの言葉を掛ける。
 だがしかし、ここに納得していない者が一人。

「いいえ。たちの悪さでは断然、こちらの方が上です」

 他でもないジュリアである。“あちら”は鬱陶しいだけでまだ可愛いものだ。
 だがこちらは違う。鬱陶しいだけの彼と策士な神族では比べ物にならない。清廉潔白のはずの神族がどこをどう間違ったら“これ”になったのか。

「お褒め頂き光栄です。ですが私は神族。神竜王に誓って清廉な神族ですよ」

 輝くばかりの笑顔からはひと欠片の邪気も感じられない。美しく、清い神族そのものだ。……中身は別として。
 結局、それから約一ヶ月後、フェリシアの承認を受けたアリス(半ば強制的なジュリア)の命により、魔王饅頭は名物として売り出されることになる。



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あきゅろす。
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