そのさん
「それがジュリアの望みですから。陛下を見守りたいのでしょう」
「それはそうだろうが……」
ノワールの言うあの人とは、今は亡きジュリアの母のこと。彼女は二人が幼い頃に亡くなっている。アリスティドも会うことは少なかったが、穏やかで優しい人だと記憶していた。
アリスティドとジュリアは幼なじみで恋人同士。隠している訳ではないが、吹聴している訳でもない。ただ、幼馴染の時間が長かったためか、以前のやり取りが抜け切らないのは本当だが。未だ結婚しないのは、フェリシアを見守りたいというジュリアの望みだ。
二人の仲を知る者には、恋人より熟年夫婦だと言われることが多いが、それはそれで構わない。
ノワールとしてはメイドを辞めて家庭に入って欲しいのだろう。本来なら、貴族の出である彼女がメイドをすることはない。本人の強い希望と、当主である父の許しがあったからこそ。
その一件でかなり揉めたことで、ジュリアとノワールの仲は更に悪くなった。
「アリスはそれでいいと?」
「はい。陛下のお力になりたいのは私も同じです。だから、彼女の気持ちも分かるんです。急くことはありません」
ジュリアの気持ちはアリスティドもよく分かる。幼なじみで、ずっとそばにいたのだから。
フェリシアは魔王となって日が浅い。まだまだ慣れない部分だってある。それだけでなく、反魔王派の動きにも注視しなければならないのだ。だから今は結婚を考えられない。それが嘘偽りない二人の本心だった。
「ですが、貴方の方から早く結婚しろだなんて仰るとは思いませんでした」
「お前は弟みたいなものだからな。他の男なら、とっくの昔に再起不能になるまで叩き潰している」
「……そうですね。そうでした」
どうやら、アリスティドは彼のお眼鏡にかなったらしい。つい忘れがちだが、見た目とは裏腹に、ノワールは中々過激だ。言葉通り、本当に叩きつぶしていただろう。幼なじみで良かったと思う瞬間である。
「兎に角、心配は無用です。クロウ様やエヴァンジェリン様がいらっしゃいます」
ノワールがアリスティドを訪ねることは殆どない。ジュリアの目があるから、も理由の一つだが、武官である彼も多忙を極める。それが、我慢も限界に来て飛び出して来たのだろう。優秀な彼の補佐に迎えに来て貰う方がいいかもしれない。
クロウやエヴァンジェリンの名が出れば流石の彼も黙るしかない。『影』の長と『鮮血を纏いし夜の女王』。どうにか彼を宥めて退出させ、途中だった書類に取り掛かる。どっと疲れた気がするのはきっと気のせいではないだろう。
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