銀の星が光る時 たまには悪くない しくじった、としか言い様がない状態だった。エリシアは一人、森の中を歩いている。 森に入った時は仲間たちと一緒だったのだ。だが途中で魔物の大群に襲われ、はぐれてしまったのだ。 ユーリやエステルと旅をするまでは気ままな一人旅だった。一人で平気であるが、何だか落ち着かない。 ずっとユーリたちと旅をしていたからだろうか。 「……変な感じ。一人は久しぶりだからかな」 呟きながらも警戒は怠らない。魔物が出ても直ぐに戦えるように。 草むらから聞こえた声に振り向けば、うさぎだったりと自分でも驚くくらい、肩に力が入っていたのかもしれない。 昔の自分は、誰にも頼れないという強迫観念に近いものを持っていた。ハリーほどではないが、偉大過ぎる父のために。 だが今は違う。ユーリや仲間たちのお陰だ。自分は自分、父は父だと割りきれるようになった。 そして必要があれば父の名を使うことも辞さない。それもふてぶてしさだろうか。 「ふふ……」 思わず笑みが零れる。父について吹っ切ることが出来たのは、間違いなく仲間たちのお陰だ。 刹那、何かの気配を感じたエリシアは躊躇うことなく右の銃を抜き、引き金を引いた。 ぎゃう、と苦しげな悲鳴を上げて倒れたのは、焦げ茶色の体毛をした猪のような魔物だった。 エリシアは息をつく暇もなく、今度は左の銃で飛び出して来た猪を撃ち抜く。 『それ』を何と表現していいか分からない。経験と研ぎ澄まされた勘によるものか。 首筋に感じた殺気に、エリシアは咄嗟に左に跳んだ。 次の瞬間、右腕に焼けつくような痛みが走る。何とか銃を取り落とさずに済んだが、ぬるりと生暖かいものが腕を伝って滑り落ちた。 だがそんなことなど気にならないくらい、エリシアは驚いていた。銃を持ったまま右腕を押さえながら呟く。 「……ギガントモンスター」 エリシアの目の前にいたのは、先程倒した魔物よりずっと大きな猪型の魔物だった。紺色に金色の混じった体毛に、巨大な牙が突き出ている。 ギガントモンスター。突然変異した魔物の総称である。 総じて強大で強力な力を持つ個体だが、そうそう現れる魔物ではない。 エリシアだって父が倒したのを一度見たきりだ。 「っ……」 流石にエリシア一人では分が悪いだろう。おまけに先程魔物を避けた時に右腕を怪我したのも痛い。 逃げようにも果たして逃げられるのか。 エリシアが覚悟を決めたのとほぼ同時に、魔物もエリシアに向けて突進して来る。 その時だった。どこからか放たれた蒼い衝撃波が魔物を撥ね飛ばす。 「え?」 「エリィ、無事か!?」 「ユーリ!!」 自らの名を呼ぶ声に振り向けば、少し焦ったようなユーリが目に入る。 次にエリシアの腕を見た彼は、何故か怒っているように見えた。 「ったく、心配掛けやがって。また一人で無茶しやがっただろ」 「ご、ごめん……」 はぐれたのは決して自分のせいではないのだが、憮然としたユーリに反射的に謝ってしまう。 すると蒼破刃で吹き飛ばされた魔物が起き上がり、唸り声を上げていた。ユーリの剣技を持ってしてもかすり傷程度。 分厚い皮膚が衝撃を軽減したのだ。 「……ちっ。エリィ、オレの後ろで戦えよ?」 「ユーリ……うん!」 一人で敵う相手ではないことはユーリも分かっている。エリシアが無理をしないよう、先に釘を刺したのだ。 ユーリに魔物を引き付けて貰えば、エリシアだって強力な魔術を使える。 ユーリの隣で戦うことが当たり前だった。少しくすぐったいが、たまにはこうやって守られるのも悪くない。 「ほら、こっちだ!」 ユーリは闘牛士さながらに猪の魔物を引き付ける。確かに動きは早い。早いがよく見れば単調で、避けること自体は難しくないのだ。 ようはどれだけ魔物を観察するか。 「七色の光秘めし聖剣よ、彼の者が背負いし咎と共に貫け――」 一撃で決める。エリシアはエアルを練り上げ、朗々と詠う。足元に浮かび上がるのは複雑で、だが幻想的に美しい紋様。呪文が完成する直前、ユーリが後ろへと跳び、渾身の力を持って剣を振り上げた。 「プリズムソード!」 「蒼破追蓮!」 更に大きな衝撃波が、光の祝福を受けた剣が魔物を襲う。七色に煌めく光輝の剣は魔物を串刺しに、ユーリの剣技は魔物の牙をへし折っていた。 断末魔の悲鳴の後、轟音を立てて崩れ落ちた魔物はもう二度と動くことはない。 「……終わった」 自覚した直後、その場にへたり込む。あの時は本当に死を覚悟したのだ。 もしユーリが来てくれなかったら、どうなっていたか分からない。 「ああ。もう終わったんだ。だから放していい」 ユーリに手をほどかれて初めて、エリシアは銃を強く握りしめていたことに気付く。体がまだ震えている。 頭上から呆れたようなため息が降っきたその瞬間、エリシアは優しくユーリの腕に包まれていた。 「大丈夫だ、大丈夫だから」 優しく髪や背中を撫でられれば、強張っていた体から力が抜ける。 どうしようもなく泣きたくなった。 「エリィが強いのは知ってる。けど、たまには守らせてくれ。何たって危なっかしいからな。……あんまり心配かけさせんな」 「う……それは何も私に限ったことじゃないし」 耳元で囁かれる声に顔から火が出るくらいに恥ずかしい。 切なげに、乞うような囁かれた言葉に心臓が早鐘を打っている。 恥ずかしさのあまり離れたくてもユーリがそれを許さない。 優しく抱き締められているから抗えないのだろうか。 耳まで真っ赤になるエリシアの反応を楽しみながらユーリは再び、愛を囁くように彼女の耳元へ唇を寄せ、 「守られるのも、たまには悪くないだろ?」 唇の端を上げて、妖しく笑った。 [次へ#] [戻る] |