誓約の翼 ハロルドの役目 他の悪魔もそうだが、魔界の公爵と恐れられるアスタロトと契約した人間は既に人の力を超えている。 魔力を持たぬ人間には魔力を、精霊因子が視えない者には悪魔の瞳を貸し与えることで契約者は魔術を操れるようになるという。 依り代、あるいは契約者と呼ばれる存在はその名の通り、悪魔がこの世界に留まる楔の役割を果たす。その力を欲するが故に悪魔は死後の魂を代償に人と契約を望むのだ。 だが悪魔が人を救うことはない。彼らがもたらすのは破滅のみ。強大な力を得た人間は長くはない。元々悪魔という存在でこそ操れる力なのだ。人間では圧倒的にキャパシティが足りない。 やがて人の体は力に耐え切れず崩壊する。 悪魔と契約した魂に救済はなく、永遠に転生することのない無限地獄に囚われることになる。或いは悪魔によって喰われ消滅するか。 「依り代については私が突き止めましょう。必要であれば“逆十字”についても」 アルノルドに申し出た彼はノルンやシグフェルズに見せているハロルドの顔ではない。既にもう異端審問官にして稀代の悪魔祓い“ハロルド・ファース”の顔だった。 契約者や悪魔を調べるのならハロルドほど適任な人間はいない。聖人であり、異端審問官である彼なら悪魔と言えど遅れを取ることはないだろう。一連の事情を知るハロルドだからこそ出来ることもある。 「ハロルド、頼めますか?」 「お任せ下さい」 ミシェルの確認にハロルドは頷き、膝を折った。 しかしこれでまた二人の講師が出来なくなる。恐らくは喜ぶだろうノルンと残念がるシグフェルズを想像したハロルドはこっそりと苦笑した。 「ではお願いします。ラグ……いえ、ハロルド」 別の名前を口にしたミシェルにハロルドは内心、首を傾げる。誰かと間違えそうになったのだろうか。 だが尋ねようにも、口にしかけたミシェル自身が驚いていた。とても聞ける雰囲気ではないことは確かである。ハロルドは仕方なく忘れる事にして顔を上げた。 「承知致しました。お任せ下さい」 そう言って立ち上がろうとした時だ。思わぬ来訪者が現れたのは。金糸の刺繍がふんだんに施された白い聖衣を纏った壮年の男――マラキ大司教だった。 焦っているのがありありと見て取れる。人払いを命じていた謁見の間に現れたくらいだ。余程の用件に違いなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |