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約の翼
光の翅
 水を打ったような静寂が室内を満たしている。『そこ』に調度品の類は一切ない。あるのは天井に備え付けられた最低限の灯りと鏡のように磨かれた床。ただそれだけだ。
 何十にも魔法陣が描かれたそこにはノルンとシグフェルズ、ハロルドの姿が映っている。

 この部屋は本来なら、儀式魔術に用いられる一種の閉鎖空間であり、大天使級結界(アークエンジェルズ)に覆われているため、何の気兼ねもなく聖人の力を使えるという訳だ。
 しかしこの部屋の使用許可をハロルドは直ぐに取ってきた。あれから十分も経たないうちにだ。
 三人とも手ぶらだった。必要ないからである。

「それじゃ、ノルンちゃんはそこにいてね。シグは魔法陣の真ん中に立って。そう、そこから絶対に動いちゃダメだからね」

「分かりました」

 ハロルドはノルンを魔法陣の外に立たせ、シグフェルズを魔法陣の中央に立たせると自分は魔法陣の直ぐ外に立った。
 果たしてそれを何と表現したらいいだろう。ハロルドの背から広がっていたのは光の翼。鳥のような羽毛の翼ではない。黄金色の光に緑を塗したような金緑の翅。

 妖精が背負う羽根と似ているが、本質は全く違う。何よりも幻想的で、それでいて穢れを知らぬ光の翼。
 ハロルドの聖人のとしての力は翅の大きさが表している。部屋全体を覆いつくしてしまうのではないか、そう思わせるほどに彼の翅は光のヴェールのように煌いていた。

「凄い……」

 ハロルドの力は桁違いだった。こうして立っているだけでも感じる濃密な聖の気。こうして彼の力を前にして初めて、ノルンは本当の意味でハロルドの力を理解する。
 刹那、ハロルドから生まれた風が彼のワインレッドの髪を揺らした。

 その瞬間、普段は長い前髪で隠れている左目が露になる。右のような深い琥珀色の瞳ではない。ハロルドの背にある翅と同じ、まるで湖底に陽光が差し込んだような金緑の瞳をしていた。

『汝に宿る邪なる力、退け』



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あきゅろす。
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