誓約の翼 微妙な空気 「それ、本当なの?」 呪いが変化することはないし、高位の悪魔によりかけられた呪いは聖人の力を持ってしても浄化出来ない。それはノルンたち聖職者にとって常識だ。 れともシグフェルズが受けた呪いが相当特殊なものなのか。 「恐らく、としか言えないけど、どする? ま、別に失敗しても呪いが進行することもないし、リスクも少ないと思う。試してみてもいいんでない? シグはまだ死ぬ訳にいかないっしょ」 聖人の力はどんな浄化魔術よりも強力だ。しかもその聖人の中でも強大な力を有する彼ならあるいは……。 ただハロルドが言った通り、呪いが変化したという前例がないため、全てが推測でしかない。大丈夫だとは思うが、それでも上手くいくという保証はどこにもないのだ。 決めるのはシグフェルズ自身。ただ、いつ訪れるとも知れぬ死の影と背中合わせに生きて行くのは想像以上に辛いことである。 「……はい、お願いします。僕はまだ……死ぬ訳にはいかない。兄さんを解放するまでは」 発せられた声はいつもの彼と変わりないものであったが、それ故にノルンは心配になる。 今、シグフェルズが言ったこと、裏を返せば兄を助けた後なら死んでもいいということではないのだろうか。 ノルンにはそう聞こえた。シグフェルズに死んで欲しくない。ハロルドもそうだが、何の打算もなしに初めて信じてもいいと思えた人間だから。 だがノルンは嫌だと口に出す事は出来なかった。言ってしまえばそれが真実になるような気がして。 「うし、流石にこの部屋じゃ聖気だだ漏れだから、大聖堂の方へいこっか。今なら誰もいないし。オレはちょちょっと使用許可取って行くから、二人とも、先に行っといてね」 言うなりハロルドはシグフェルズの部屋を出て行った。残されたノルンとシグフェルズの間に流れる微妙な沈黙。別に気まずいとか、そういう訳ではない。空気が重く感じるのもきっとノルンの気のせいだろう。 「あの……」 「えっと……」 思わず出した声が重なって更に気まずくなる。 しかし、いつまでもこうしている訳にもいかない。どうにか言葉を探して口に出す。 「立てる?」 「うん、ごめんね」 シグフェルズが謝りながら立ち上がった。もうふらつくこともない。足取りはしっかりしている。 だがノルンは無性に腹が立った。どうして笑うのだろう。辛いのは彼の方なのに。ノルンはシグフェルズに謝って欲しい訳ではない。ほんの少しでいい、頼って欲しいのだ。 「馬鹿、謝らないでって言ったでしょ」 だから軽く頭を叩いてやった。いたっと声が返ってきたが、無視。自分やハロルドを心配させた罰だ。これぐらい我慢して欲しい。 ノルンは無言でシグフェルズの手を引いて部屋を出た。 [*前へ][次へ#] [戻る] |