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約の翼
サンクチュアリ
 『サンクチュアリ』。その一言で東塔内を幻想的な光が舞い踊る。そのあまりの美しさに人々は身動きが取れないことすら忘れ、思わず息を呑んだ。
 サンクチュアリは儀式で使われる退魔結界である。本来ならいくつもの下準備と人手がいるものをアルノルドは、魔力を込めた宝石の補助があったとは言え、一人で、それもたったの一声で発動させたのだ。
 それなのに息一つ乱れていない。恐るべき魔力容量である。こんな真似が出来るのは当代最強の魔導師と謳われる《学園》の学園長、クリス・ローゼンクロイツか、かつて英雄と称され、現在は対魔導師組織《黄金の暁》の首領とされるリデル・メイザースくらいではないのだろうか。

「体が軽い……これが猊下の力?」

 圧迫感が一瞬にして消え、体が自由にある。ノルンは信じられない思いで手足を動かした。同じ聖人でもアルノルドの力は桁違いだ。嘘のように体が軽い。それは魔力を持たない人々も同じようで、皆戸惑いつつ体を起こした。
 即座に駆け付けた司教たちが逆十字と名乗った者たちを連行する。だがノルンにはどうでもいいことだ。

「シグ!」

「大丈夫、もうおさまったよ」

 ノルンは様々なことを忘れて、シグフェルズに駆け寄る。彼は大丈夫だと言っているが、相変わらず顔色は悪い。強がりであることはノルンにさえ分かりきっている。他の見習いたちも彼を心配する者もあれば、ノルンに意味ありげな視線を向けている者、今起きた信じられない出来事にざわめく者たちもいた。
 ざわめきはやがて塔内全体に及び、この場から逃げ出そうとする人々もいる。
 だがそれまで沈黙を保っていた教皇アルノルドが発した言葉に場は水を打ったように静まり返った。

「静まりなさい!」

 その一言で人々がある程度落ち着いたことを確認すると教皇はゆっくり、とそして静かに語り出した。

「脅威は去りました。彼らが何者だとしても心配ありません。我ら教戒は人を導き、守るためにあるのですから」

 人々を安心させるように微笑んだアルノルドは、まるで女神の声を伝える天の使いであるかのよう。その言葉に涙を流して拝む者まで居る。
 それくらいにアルトナ教徒とシェイアードの民に取って教皇アルノルド・ヴィオンは女神の声を代弁する偉大な使徒なのだ。教皇を見つめていたノルンはあることに気付く。ハロルドがどこにもいないのだ。塔内から一人の司教が姿を消したことを一体、何人が気付いただろう。

「ハロルドが……いない」



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