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約の翼
一石三鳥
 人とはとても醜い生き物だ。ヴィオラはそれをよく知っている。人の本質は善であり、悪でもある。人は簡単に残酷になれるのだ。ある意味では悪魔より恐ろしい。人間全てが醜いとは言わないが、心から誰かを信じることは恐らく出来ないだろう。あのハロルドでさえ信じることは出来ない。いや、彼は正しくは普通の人間ではないのだ。
 彼が消えた方角を見つめながら思う。かつて天使ラグエルであった彼。その名は神の友を意味し、同胞たちが堕天せぬよう監視する役目を担っていたとされる。天使たちを裁く任にあったサリエルとも親しかったのだろう。呪いがサリエルの仕業ではないと言えたのも、彼が――正確にはハロルドの魂が知っていたから。

 何故、ハロルドの前世を知っているのか。その理由はヴィオラの力にある。悪魔祓いとなったのは自身が選んだ訳ではなく、そうするしかなかったから。教戒は特殊な能力を持つ者の保護を積極的に行なっている。ヴィオラもその一人なのだ。だから悪魔祓いとなった。教戒に義理などない。村人たちがどうなろうと関係ないとも言える。ただ、マラキ大司教に命じられたから。それが理由だ。
 ハロルドに渡された飴を舐めながら、上機嫌で歩く。相変わらず結界に揺らぎはなく、今晩は何も起こらないかもしれない。そう思った瞬間、異変を感じた。これは紛れもなく悪魔の気配。微弱なものだが、間違いないだろう。

 舌打ちをして立ち止まると、袖から取り出したものを投擲する。ぎゃう、と短い悲鳴が上がったかと思えば、異形が地面に横たわっていた。その背中に突き刺さっているのはトランプだ。ヴィオラが投擲したものの正体で、術で強化してあるため、強度は紙のそれではない。バクルスを使うまでもないと判断したのである。地面に倒れているのは鳥でも獣でもない。蝙蝠の翼を生やした黒い生き物だった。悪魔が使役する使い魔と呼ばれるもの。
 それは瞬く間に消えてしまう。まるで最初から何もなかったように。トランプだけがひらりと地面に落ちる。使い魔自体はそれほど強い力を持っている訳ではなかったよう。バクルスではなく、トランプで消滅したのだから当然だが。
 バクルスとなる十字架を握って気配を探るが、他の気配は感じられない。どうやらこの一体だけのようだった。

「だから面倒事は嫌いなんだ」

 十字架から手を離して呟く。面倒だ。まどろっこしい真似をせず、さっさと仕掛けてくればいいものを。そうすれば叩き潰して終了だ。村人の呪いも解ける上にヴィオラも帰れるし、面倒な役目からも解放される。一石三鳥ではないか。ヴィオラはトランプを拾い上げると、気だるげに歩き出した。長い夜になりそうだ。



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