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約の翼
月の恩恵
 古来より月は魔の象徴である。そう昔本で読んだことがあった。ハロルドの中に眠る魔力は月の恩恵を受けている。月の光はあまねく罪を暴き出す光であり、魔性を惹きつける光でもあるのだろう。その二面性から女性という生き物に似ている、という者もいるかもしれない。
 昼が人の時間だとすれば、夜は魔の時間か。しんと静まり返った村の中をハロルドは歩く。その手に明かりとなるものは一切なかった。月明かりで十分だ。
 夜は出歩くなと村長を介して伝えて貰ったため、外を歩く者は彼以外いない。悪魔祓いが現れれば動きがあるかもしれない。そう思っていたが、異変は感じられなかった。結界にも変化はない。用心しているのか、それとも興味を示していないだけか。今の時点で判断するのは早計と言えよう。

 正直なところ、ハロルドにも分からない。これが下級の悪魔の仕業なのか、それとも高位の悪魔の仕業なのか。人は悪魔からすれば脆弱で、彼らにとって命を奪うことすら造作もない。しかし、それでは面白くないため、より楽しめるように趣向を凝らす。そう考える悪魔もいるのだ。まったく悪趣味で、ベリアルやアスタロトがいかにも考えそうなことである。

 邪視である可能性も捨てきれない。ただ、サリエルではないのは確か。サリエルならば、ハロルドが分からないはずはない。彼の気配をハロルドは、正しくはラグエルが知っているのだから。
 ふう、とため息をついた瞬間、何者かの気配を感じて身構える。月明かりに照らされた人物の姿を見た瞬間、安堵から肩の力が抜けた。現われたのは黒地に銀糸の刺繍が施された聖衣を纏ったヴィオラ。交代の時間にはまだもう少し早い。

「ホントに驚いたよ。教戒で待っててくれて良かったのに」

「別に驚かせたつもりはねえよ。お前が勝手に驚いただけだ」

「はいはい。そういうことにしといてあげる。ノルンちゃんとシグはちゃんと寝てる?」

 人と悪魔の気配は全く違うが、だからと言って油断は出来ない。直接手を下さなくても、悪魔は人を操ることが出来るのだから。姿を変えることすら容易で、普通の人間ならば見分けもつかないだろう。彼はヴィオラ本人に間違いないが。
 ノルンは見回りを手伝いたいと言ってくれたが、二人はまだ未成年。夜半まで手伝わせる訳にはいかないだろう。人をアテにするなと言いつつ、律儀なのが彼だ。本当に迷惑だと思っているのなら、交代の時間より早く迎えに来るはずがない。
 二人について尋ねれば、ああ、と返って来る。彼のことだ。ノルンたちの様子も見てくれたのだろう。愛想が良く、人好きのする笑みを浮かべていても、その裏にあるのは人への嫌悪なのかもしれない。けれど、決してそれだけではない事をハロルドも知っていた。



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あきゅろす。
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