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約の翼
守るべき存在
「そうでもないよ。ねえ、ノルン。アストリッドはきっと、立派な悪魔祓いになると思う」

「そうね、あの子ならきっと……。でも、心配になる。大きな怪我をしないかって」

 今もまだ故郷にいるであろう弟を思う。悪魔祓い見習いとなったとしても、必ずしも悪魔祓いになるとは限らない。当人の資質にもよるし、学ぶ過程で希望が変わる場合もある。しかし、アストリッドの決意は恐らく変わらないだろう。魔導の才はあるし、勘の良い子だ。ノルンなどよりずっと立派な悪魔祓いになる。
 心配なのは大きな怪我をしないか。悪魔祓いを志すのなら、怪我は日常茶飯事だ。ノルンだって数えきれない怪我を負った。その殆どが小さいものだったが、シグフェルズは一度死にかけている。吟詠公爵の名で呼ばれるゴモリーに助けられたとは言え、あのままでは間違いなく命を落としていただろう。高位の悪魔を相手にすることなど無いに等しいが、相手が下級であった場合でも油断は死を意味する。

「僕も一度、死にかけたから偉そうなことは言えないけど、アストリッドを信じてあげて欲しい。怪我をしてもきっと立ち上がれる」

「……頭では分かってるつもりなんだけど、私にとってアスはまだ小さな弟なのかもしれない。私が守ってあげないとって。もう守られるだけじゃないのに」

 アストリッドはもうあの頃のような幼い少年ではない。自分の意思で悪魔祓いの道を志した。怪我をしても立ち上がれる。その通りなのだろう。頭では分かっていても心配になるのだ。それはノルンの中ではアストリッドがまだ守るべき幼い弟だから、なのかもしれない。

「でも、それは悪いことじゃないと思うよ。兄さんにとって、僕が守るべき存在だったみたいに」

「……うん」

 シグフェルズとて、兄について語るには未だ痛みを伴うはず。それでも、ノルンを気遣ってか、彼は微笑んでいた。気を遣わなければならないのは自分の方なのに。何だか一杯一杯で、皆に心配を掛けてばかりいる。本当に情けない。このままだと、ぐるぐる同じことを考えて、更に寝付けなくなりそうだ。

「もうこんな時間か。これ以上女の子の部屋に長居しちゃ駄目だね。おやすみ、ノルン」

「おやすみなさい」

 おやすみ、と言ってシグフェルズは背を向けて部屋を出た。無意識に彼の服の裾を掴もうとしていたことに気づき、慌てて手を引っ込める。これでは一人で眠ることが不安な幼子と同じではないか。恥ずかしすぎて転げ回りたい気分だった。勿論、だっただけで本当にやるつもりはないが。頬が熱を持って仕方がない。彼のせいで生まれた何かは中々鎮まりそうもなかった。



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あきゅろす。
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