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約の翼
死を司るもの
「あの、一つ質問なんですが……」

「どしたの?」

 はい、と礼儀正しく手を上げるシグフェルズは、まるで講義を受けている時のようだ。実際、特別授業は講義の延長線上にあるのだが。普段と変わりないように見えて、彼の顔は僅かに強張っている。最悪の考えでも浮かんでいるのだろうか。対象を石と変える力を持つのは、何も悪魔だけではないが、今回ばかりはそれもなさそうだ。問題なのは悪魔の階級である。

「村人たちに呪いを掛けた悪魔……死を司る堕天使、サリエルだとは考えられませんか?」

「まさか、そんな大物が!?」

 サリエル。神の命令の意味を持つ堕天使。神の意思の執行者であり、死を司る大天使である。霊魂の看守でもあったサリエルは手に大鎌を持ち、死者の魂を狩るものとされた。それだけではなく、天使たちを裁く任にあり、堕ちた同胞たちを想って血の涙を流していると言う。
 そんなサリエルが何故、堕ちた天使と呼ばれるのか。それは彼のもう一つの役目にあった。月の支配。月に関する知識を人に与えた彼は、黙して語らず、自らの意思で天を降りたとされている。そしてサリエルには天使というには禍々しい邪視の持ち主だった。
 イーヴィルアイ、魔眼とされる能力の元祖とされるサリエル。そもそも邪視とは見つめたものに病を与えたり、あるいは動きを封じる、死に至らしめることも出来る能力だ。つまり、シグフェルズは村人を石へ変えようとしているのはサリエルの邪視ではないかと言っているのだろう。

「シグが言うように村人を苦しめているのは、邪視かもしれない。でも、サリエルは悪戯に人の魂を弄ぶ悪魔じゃない。サリエルは堕ちたとは言え、かつて人が魂を汚すことを防ぐ役割を持っていた」

 ハロルドの中に眠るラグエルの魂。その記憶の中で、サリエルは堕ちた同胞を悲しみ、涙を流していた。同胞たちを裁くだけではなく、人の魂を見守るという重要な役目を背負った彼は邪視を持ちながらも、その力を無闇に行使することは決してなかった。
 人に月の秘密を教えた時でさえ、彼は申し開きをすることもなく、静かに微笑み、自らの意思で天を降りたのだ。村人たちを苦しめているのは邪視だとしても、サリエルとは限らない。彼はたとえ堕天使になっても悪戯に魂を弄ぶことはしないだろう。それをノルンたちに教えることは難しい。彼女らはサリエルを知らず、また天使の記憶を持っていないのだから。
 どう説明したものか困っていると、

「ハロルドさんが言うならそうなんでしょうね」

「まあ、サリエルならもっと上手くやるんじゃない?」

「だろうな。石化なんてちゃちな真似はしねえ」

 微笑みながらシグフェルズが、ノルンは難しい顔をして頷いている。ヴィオラも不機嫌そうだが、異論はないよう。



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あきゅろす。
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