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約の翼
菖蒲色の少女
 肩で切り揃えられた髪は、夜を思わせる黒で、大きなアーモンド型の瞳は綺麗な菖蒲色をしていた。薄紅色の寝間着を着て、白いカーディガンを羽織っている。隔離されている村人たちの中では一番幼いだろう。ノルンはゆっくりと歩み寄り、目線の高さを合わせると少女に微笑みかけた。

「こんにちは」

「こんにちは! ええっと、お姉ちゃんはシスターなの?」

 少女はぱたぱたと手を振り、不思議そうに菖蒲色の瞳を向けている。よく動く瞳と言い、愛らしい少女だ。ベッドにいるのが不思議なくらい元気だったが、恐らく彼女は足が動かないのだろう。先ほどから動かす気配がない。
 十字架を下げ、聖衣を着ているからか、どうやら少女はノルンをシスターだと思ったよう。本当のシスターならば、聖衣の色は白であり、ベールも被っている。だが、幼い彼女には区別がつかなかったに違いなかった。

「ごめんね、私はシスターじゃないの。聖職者ではあるけれど」

「せいしょくしゃ?」

「そう。女神様に仕えているのよ」

 聖職者は少し難しかったかもしれない。創世の女神アルトナ。全てのものの母。ノルンは聖職者と言うには信仰心が足りないかもしれないが、いつかのようにもう神を恨んだりしない。
 彼女はただそこにあり、子らを見守っている。神と言えど、全ての人々を救うことなど出来るものか。皆に手を差し伸べてしまえば、人が女神から巣立つことは永遠に出来ない。子はいつか親から巣立っていくもの。それは人と神であっても同じはず。

「私はノルン。あなたの名前を聞かせてくれる?」

「わたしはアイリスだよ」

「そう。いい名前ね。あなたの瞳と同じ」

 アイリスの瞳は赤み掛った明るい紫色をしている。アイリスの花の色だ。彼女もまた被害者なのだ。悪魔を滅すことが出来ればこの少女も助けることが出来るはず。アイリスはノルンに幼いアストリッドを思い出させた。彼女は守らなければいけない存在だ。
 良い名前だと言うと、少女は嬉しそうに微笑む。あ母さんが好きな花なんだよ、と誇らしげに教えてくれた。

「ノルンお姉ちゃんはせいしょくしゃなんでしょう。みんなを治してくれる?」

「ええ。頑張って治してみせるから」

 絶対に助ける、とは言えない。そのために努力はするし、彼女たちを助けたいとも思う。でも、絶対と約束するにはノルンはまだ未熟だ。



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