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約の翼
洗礼の儀
 洗礼の儀が行われるのは午後一時からである。既に定刻を迎えた東塔内は、多くの人々で埋め尽くされている。パイプオルガンが奏でる低い音が塔内を満たしたかと思うと奥の扉から教皇アルノルド・ヴィオンが選ばれた十人の司教を伴って入室した。
 その中には勿論、ハロルドの姿もある。どうやら間に合ったらしい。皆、ノルンたちと同じような白の聖衣を纏っている。

 だが作りが少し違う。材質は絹で出来てはいるが、使われている銀糸と金糸はより高価なもので刺繍も細やかだ。ハロルドも他の司教も儀式に使う特殊なバクルスを携えていた。
 儀式の始まりを告げるようにノルンら見習いの司教たちが聖歌を歌い、洗礼を施される子供達が前に出た。洗礼の儀とは十代前半の子供たちに行われる祝福。

 悪魔は魔力を持つ者の魂や無垢な子供の魂を好む。洗練の儀は悪魔から子供たちを守るための儀式なのである。
儀式には使われるのは、司教のバクルスと聖水。聖水とは女神アルトナが祝福を授けたとされる聖泉の水でそれ自体が強力な聖気を帯びているらしい。
 普通の人間にはただの水にしか見えないが、ノルンのような聖人や聖気に敏感なシグフェルズはただの水と聖水の区別くらいは出来る。

『聖霊の御名において洗礼を授ける』

 祝福されたバクルスと聖水が合わさり、祝福を受けた子供たちは淡く光輝いた。順調に祝福が行われ、儀式も佳境に入ったその時、聖歌を歌っていたノルンの耳に入った鋭い音。
 キン、と金属音がした瞬間、目に見えない圧力が東塔内の人々を襲った。体が上手く動かせない。まさしくこれは高密度の魔力を練り上げた呪力結界、それもかなり強力なものだ。
 ノルンは確かめるように手を握ってみる。手や足は何とか動かせるが、立ち上がれるかどうか……。

「シグ……!?」

 ノルンが足に力を入れたその時、シグフェルズの様子がおかしいことに気づく。座り込んでいるのは皆と同じだが、彼は明らかに変だった。
 ノルンでも動くのがやっとだと言うのに、魔力を持たないシグフェルズはノルンを見て絞り出すように声を出した。

「この間……悪魔の……力」

 この間の悪魔、あの青年の姿をした悪魔の力だと言うのか。のろのろと顔を上げれば、そこには信じられない光景。一人の司教が教皇の首筋に刃を押し当てているのだ。
 強すぎる呪力結界の中で平然としているのは、結界の発動者である者の仲間だと思われる何名かの司教と教皇アルノルド、ハロルドだけ。



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あきゅろす。
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