誓約の翼
意外に砕けた彼
「良かった。まだ部屋にいたんだね。じゃあ行こうか」
驚くノルンにシグフェルズは間に合ってよかった、言って笑顔を見せた。
避けていたつもりではないが、まさか彼がわざわざ迎えに来るとも思っていなかったからである。
瑠璃色の瞳をぱちくりさせるノルンに構わず、シグフェルズは彼女の手を取って歩き出す。状況がうまく飲み込めないノルンはシグフェルズにされるがままだ。
「え、ちょっと……」
「ノルン、最近僕を避けてたでしょ? 何かあった?」
まさかシグフェルズにばれているとは思わなかった。避けていた、と言われればそうなのだろう。自分では自然なつもりだったのだが。
顔を伏せ、押し黙るノルンに少年はくすりと笑い声を漏らした。
「ごめん、まさか本当だと思わなくて」
「……はあ、もういい」
もう腹すら立たない。怒りを通り越して呆れしか感じなかった。
ここ最近、意外にシグフェルズが砕けた人物であるとノルンも段々分かって来た気がする。
「それにしても正装、すごく似合ってるよ」
惜しげもない称賛にノルンはどう反応していいか分からなかった。
だからどうして、そんな簡単に他人を褒められるのだろう。人に褒められるなんてこそばゆい。 他人から向けられる感情には疎いと自分でも分かっているつもりなのだが、分かっていてもどうにもならないことだってある。
「……シグだって似合ってる」
「ありがとう」
散々悩んだ末、ノルンも褒めてみると、シグフェルズはにこにこと笑っているだけ。慌てている訳でも、照れている訳でもない。何だか悔しい感じがする。
「お、ノルンちゃん、シグ!」
向かい側から駆けて来るのはここ数日見ていなかったハロルドだ。
随分焦っているようだが、よく見ればノルンたちのような儀礼用の聖衣ではない。
いつもと同じ、悪魔祓いの黒い聖衣である。洗礼の儀まで一時間を切ったというのに間に合うのだろうか。
「詳しく話してる暇ないからまた後でね」
ハロルドはノルンが何かいう前に竜巻のように二人の間を駆けぬけて行った。正に一瞬の間である。二人はしばらく無言だったが、シグフェルズが怖ず怖ずと口を開いた。
「ええっと、僕たちは東塔に行こうか?」
「そうね。ハロルドは放って置いても問題ないし」
ハロルドなんかに構って遅れたりすれば大問題だ。
ただでさえ教戒の内は広いし、いくら聖霊祭と言っても授業と同じで出席しなければ単位を貰えないのだから。
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