誓約の翼
守ってあげる
アストリッドは魔導の才を持っていた。ノルンと同じように。それは二人だけの秘密であり、両親にも隠していたのだ。二人で話したことを今でも覚えている。
弟はよく言っていた。魔法使いになってノルンを守ると。そして自分も魔法使いになってアストリッドを守ってあげる。いつもそう言って笑い合ったものだ。
ノルンはまだ街中にいた。一度は帰ろうと思ったのが、今帰れば恐らくラケシスと鉢合わせる。
今の自分は酷い顔をしているから、きっと理由を聞かれるだろう。
嘘はつけないが、かと言って今は話したくない。まだ自分の中でも上手く整理出来ていないのに、人に説明など出来るはずもなく。
何故、シェイアードにアストリッドがいたのだろう。近くに両親の姿はなかったが、きっと偶然だ。
ノルンが今日、外出することは知らなかっただろうし、偶然に違いない。聖人と家族が会うことは許されないのだから。両親へは五年前に十分、言い含められている。
もっとも、彼らは間違っても自分に会いたいとは思わないだろうが。
「アストリッド……」
よく名前で呼ばれるのを嫌がっていた。アストリッドは女性名だから、いつもアス、と呼んでいたのだ。五年前までは。
両親に対して抱く感情と、弟に対する彼女は違う。彼は恨んでいるだろうか。それとも軽蔑しているだろうか。何も言わずに去った薄情な姉を。
もう二度と会うまいと思っていたのに、運命の神は気まぐれだ。五年ぶりに見たアストリッドは、思うよりずっと自分に似ていて、でも大きくなっていた。
ノルンの記憶に残るアストリッドは、まだ十歳にも満たない幼子だったから。
シグフェルズはアストリッドに何か話しているだろうか。思い返してみれば、シグフェルズに家族について語ったことは殆どない。
話すこともなかったし、何を話していいか困るから。
アストリッドには魔術と関わっては欲しくない。いくら力があっても、同じ世界に足を踏み入れて欲しくないのだ。
あの子には荷が重すぎる。ノルンはもう、アストリッドを守れない。ノルンが守れるのは、アストリッド個人ではなく、人々だけ。
傷ついて欲しくない。そう思うのは許されないのか。
両親がノルンに向けた恐怖が入り交じった瞳。弟だけは違った。本当は、両親やアストリッドと共に暮らしたかったのだ。どんなに恐れられても、或いは崇められても、ノルンの両親は彼らだけ。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!