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約の翼
ノルンの気遣い
 シグフェルズには家族がいない。正確には“いなくなって”しまった。まだ半年にも満たない。これまでは頑張れたのだ。兄の悪魔の手から解放すると。それだけを思って日々を生きていたから。
 けれど、兄がこの世を去って、己という存在を支える一つの柱が崩れたような気がした。どんなに変わってしまっても、離れても家族は家族なのだ。

 だから、彼の気持ちは少し分かる。全てを理解出来るとは言わない。それは傲慢だし、全て理解出来るとも思えなかったからだ。シグフェルズは、彼らの事情を知らないのだから。

「……僕が言っても、君は信じないと思う。でも、ノルンを家族を恨んでなんかいない。もし恨んでいるなら、君を気遣ったりしないよ。君を気遣っていないなら、知らないと言う必要はない。罵っていたと思う」

 ノルンがアストリッドを知らない、と言ったのは、恨んでいるからでは決してない。聖人が家族から引き離されるのは、彼らを守るため。敵は悪魔だけではないのだ。
 もし、ノルンがアストリッドを恨んでいるのなら、あの場できつい言葉をぶつけていただろう。知らないとは言わずに。
 アストリッドは黙って話を聞いている。この少年は何を思ったのだろう。

「……ご両親は知ってるの? 君がここにいること」

「知ってるけど、姉さんに会いに行くとは言ってない。だって、言ったら絶対に止められる」

「……それはそうだと思う」

 聖人と家族が会うことは出来ない。両親が止めるのも当然だろう。ノルンに似た繊細で整った容姿から想像出来ないが、行動力溢れる少年らしい。こればかりはシグフェルズも苦笑するしかないが、一転して真剣な表情を浮かべる。

「……アストリッド、君には魔導の才があるよね?」

「え……?」

「目を見てたら分かる。僕も同じだから。ただ、僕は魔力を持っていないけど」

 アストリッドの視線を辿れば、彼が因子を視る才を持っていることが分かる。彼には見えているのだ。シグフェルズと同じ世界が。
 アストリッドは恐らく魔力を持っている。感じることは出来ないが、シグフェルズのようにどちらか片方の才を持つ者の方が希なのだ。

「持っていなくても、悪魔祓いに?」

「なれるよ。僕にはバクルスを操る力があったから」

 聖人、とは言わない。そもそもシグフェルズが見習いとなれたのは、聖人だからではない。バクルスを操る才があったからだ。



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