誓約の翼
会いたかった
「……姉さんに会いに来た」
「君は知らないの? 聖人と家族が会うことは許されない。そんな決まりなんだ」
アストリッドはどう見ても十代半ばに差し掛かるかどうか。ノルンが力を目覚めさせたのは五年前だから、彼はまだ十歳にも満たなかったことになる。ただ、アストリッドがそれを知らぬはずがない。それとも、それを承知でノルンに会おうとしたのか。
聖人が家族と引き離されるのは、身の安全のため。強大な力を有する悪魔に対抗出来る存在、それが聖人だ。聖人と家族を引き離すのは、家族が悪魔の標的にされないように、との意味がある。
「知ってる。でも、会いたかった。こんな事、会ったばかりのあんたに言っても仕方ないけど。姉さんがいなくなってから、家族は家族じゃなくなった」
「……その先を聞いてもいい?」
俯き、きつく手を握り締めるアストリッドは、今にも泣きそうに見えた。迷子の子供のよう。ノルンと重ねて見えて、どうにか彼の憂いを晴らしたいと思う。
出来るだけ刺激しないよう、ゆっくりと、優しく尋ねる。すると、彼は小さく頷いて訳を話してくれた。
「表面上は、姉さんがいなくなる前と何も変わらない。でも、違うんだ。仲の良い家族を演じているだけで。二人とも、いつも自分を責めてた」
「どうして?」
「姉さんを見て、一瞬でも化け物だと思ったことに」
「……そう」
聖人と言っても、普通の人々がその力を垣間見ることは殆どない。シェイアードの出身ではない者なら余計にそうだろう。だから、ノルンの両親は恐怖した。自分たちの娘が悪魔を滅したことに。
恐らくは顔に出てしまったのだろう。悪魔を倒したノルンに対して、彼らがどう思ったのか、想像するのは難しくない。
だが、彼女は化け物などではなく、聖人。悪魔祓いに連れられ、ノルンは直ぐに教戒へと連れて来られた。それから五年。今もまだ良心の呵責に苛まれているのだろう。
一歩間違えば、聖人も魔導師もただの異能者だ。
「姉さんは俺たちを恨んでるのか。ずっと確かめたかった。でも、もう分かった。俺なんか知らないって、そう言ってたから」
「アストリッド……」
あれはノルンの本心ではない。ただそれをアストリッドに伝えたとして、確証はないのだ。彼は納得しない。
ノルンは恨んでなんかいないと言いたかったが、シグフェルズが言った所で、気休めにしかならないのだろう。
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