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約の翼
アストリッド
 二人の周りだけ、まるで時間が止まってしまったよう。この気持ちをなんと表現すればいいだろう。懐かしい? 分からない。今にも走り出したいのに、体が動かなかった。
 黒いコートを纏った少年はノルンによく似ている。男女の差異を除けばとても。そう、姉弟であるかのように。

「……姉さん?」

 その声に呪縛が解けた。少年の口から出た声は微かに震えている。緊張によるものなのか、それとも感情を抑えているのか。
 彼の視線は真っ直ぐにノルンに向いていた。

「私は貴方なんて知らない」

「ノルン!? ええっと、君はそこにいて!」

 シグフェルズの声すら聞こえない。否、聞こえないふりをする。彼の声に応えることもなく、少年から背を向けて走り出す。心臓が早鐘のように脈打つと同時に、体の奥底が急速に冷えていくような気がした。
 シグフェルズが少年に何かを言っているのは分かったが、今はどうでもいい。走り出したまではいいものの、人ごみのせいで中々前に進めず、すぐに追いつかれてしまう。逃げたくても、手首を掴まれているため、それも叶わない。

「ノルン、彼は……」

「私の弟よ。……今は一人にして」

 先に言われるのが怖くて、彼の言葉を封じる。顔を見られたのだから気づかれているだろう。
 たった一人の弟。もう二度と会うことはないと思っていた。何故、弟が一人で法都にいたのか。混乱した頭では考えが纏まらない。シグフェルズの顔すら見ることが出来ず、手が離れた一瞬をついて石畳を蹴った。
 願い通り、彼は追ってこない。それを望んでいたはずなのに胸が痛かった。自分から一人にしてと口にしたのに。矛盾している。もう何も考える気も起きず、教戒へと向かう。今は何も考えたくなかった。



 ノルンを見送ることしか出来なかったシグフェルズは、カフェテリアへと戻る。少年は最初に言った通り、座って待っていた。何か頼まないと悪いと思ったのか、白いテーブルの上にはカフェオレが乗っている。白い椅子を引き寄せ、少年の向かい側に腰掛けた。

「待たせてごめん。僕はシグフェルズ・アーゼンハイト。ノルンと同じ悪魔祓い見習い。君は彼女の弟?」

「ああ、じゃなくて、はい。俺はアストリッド。姉さんは……?」

 迷った末、シグフェルズはフルネームを口にした。もしかすれば、聖人だと気づかれるかもしれない。一瞬、ひやりとしたが、アストリッドと名乗った少年は気づいていないようだ。
 こうして近くで見ると、やはり似ている。アストリッドは女性名だが、深く尋ねない方がいいのだろう。まずは事情を聞かなければ。

「敬語は使わなくていいよ。ノルンは教戒へ帰ったと思う。それより、事情を聞かせて欲しい。君はどうしてシェイアードに?」



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あきゅろす。
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