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約の翼
邂逅
 幸い、教戒内で顔見知りとすれ違うことはなかった。他の聖職者たちは俯いていれば問題ない。ノルンの顔など知らないだろうし、顔を伏せていれば、礼拝に訪れた信者だと思ってくれるだろう。
 無事に――は些か違うかもしれないが、教戒を出て街へと降りる。案の定、人人人、正に人の海だ。気をつけていないとはぐれそうで、手を繋いで良かったのかもしれない。とは言え、ノルンはそう簡単に割りきれないが。

 誰もノルンやシグフェルズが聖人だとは気づかない。皆自分のことで精一杯なのだろう。笑い合う家族連れに楽しげな恋人たち。きっと、ノルンには縁のない光景だ。
 聖人でも婚姻は出来るが、しない者が多い。家族や恋人は弱みとなるからだ。それでもアルノルドには妻がいたし、子供もいる。人それぞれなのだろうが、やはり家族を持たない方が多かった。

「人が多いね。しっかり握ってて、離さないで」

「わ、分かってる」

 考え事をしていると、優しい微笑みを向けられて胸が騒ぐ。どうにか平静を装おってはみたが、気付かれていないだろうか。シグフェルズの横顔を盗み見ても分からない。
 他人から自分たちはどう見えているのだろうか。きょうだい、それとも友人、はたまた恋人か。

 手を引かれ、街中を行く。別段、用があった訳ではない。買い物は殆どしないし、何かが欲しかった訳でもない。彼に貰ったリボンで十分だ。
 街へ出たのはシグフェルズの気晴らしのため。どうやら少しは楽になったのだろう。顔を見れば分かる。

 とりとめのないことを話して、街を回る。人混みは疲れるが、シグフェルズと話すのは楽しかった。時間が経つのさえ忘れて、気づけば昼である。カフェテリアで昼食を済ませ、立ち上がったその時だ。何かが視界を掠めたのは。

 こちらを、と言うよりノルンを見つめているのは、十代半ばに差し掛かるかどうかの少年だった。淡い紫の髪にサファイアを思わせる青い瞳。髪と同じ紫のマフラーを巻き、黒のコートを身につけた彼は、呆然とノルンを見つめている。信じられない、そんな思いが伝わって来た。

 驚いているのは少年だけではない。ノルンもだ。微動だにしない二人。そんなノルンたちを見て、不思議に思ったのだろう。シグフェルズが心配そうに顔を覗き込む。

「ノルン? 彼は……」



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