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約の翼
愛されたかった
「ラケシスの前で言うのは、はばかられるけど……」

 ラケシスの両親は悪魔に命を奪われた。会いたくないなんて言うべきではなかったかもしれない。会いたくても会えない。彼女の両親は、この世のどこにもいないのだから。
 自分の迂闊さにノルンは唇を噛んで俯く。

「気にしないで。あの……理由を聞いてもいい?」

「……そうね。私が聖人の力に目覚めたのは、家族が悪魔に襲われそうになった時。幸い、その悪魔は下級で、私の力で滅することが出来た。でも、あの人達は私を化物を見るような目で見たの。命の危険に晒された時こそ、人は本心を見せる。聖人と崇められようと、幼い私を見る目は一夜で変わってしまった」

 忘れようとしても中々忘れられない光景。皮肉にもラケシスが両親を失った状況と似ている。
 本来なら悪魔はよほど高位ではない限り、自力で現世に姿を現すことが出来ない。そのため、悪魔は人を惑わして契約を結び、その契約を楔としてこの世界に現れる。ノルンやラケシスたちを襲った悪魔も、そんな悪魔だったのだろう。

 いくら下級とて悪魔は悪魔。普通の人間が太刀打ち出来るはずがない。聖人はそんな彼らを滅する力を持つ。女神の使徒と時に呼ばれ、アルトナ教徒から崇められる存在。
 けれど、ノルンが力を発現させた際、両親は悪魔より何よりノルンを恐れていた。その瞳にあったのは未知の力に対する純粋な恐怖。

「そんな……」

「別に恨んでいるとか、そんな訳じゃない。でも、会いたいとは思えないだけ。……ううん。もう娘として愛されないと分かってるから」

 言葉を見つけられずにいるラケシスに対し、ノルンは逆に晴れやかだった。両親を恨んでいるか、と問われれば答えは否だ。
 ただ、今までと変わらず、愛して欲しかった。最後の時だけでも、娘として送り出して欲しかった。表面的な優しさではなく。
 自分は何も変わっていない。『ノルン』なのに。
 以前の自分なら素直に認められなかっただろう。もし会えるとしても、両親は同じように接してはくれない。だから会いたくない、会えなくていい。

「ラケシスがそんな顔してどうするの。私はこれでいい。きっと弟も薄情な姉なんて忘れてるわ」

「そんなことない……! 弟さんだって覚えてるよ」

 今にも泣き出しそうなラケシスの頭を撫でれば、何故かこちらが怒られる始末だ。
 けれど、嫌ではない。彼女は自分のために怒ってくれているのだから。ノルンはありがとう、と呟くと、澄み渡る冬空を見つめる。この空が彼らに繋がっているだろうと思って。



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